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アラフォーの星野仙一は強烈だった。
「巨人軍と面白く戦う」という奔放。 

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中溝康隆

中溝康隆Yasutaka Nakamizo

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photograph byKyodo News

posted2018/01/17 11:00

アラフォーの星野仙一は強烈だった。「巨人軍と面白く戦う」という奔放。<Number Web> photograph by Kyodo News

大型トレードでの落合獲得。選手としても監督としても、星野仙一は巨人を倒すために万事を尽くした人物だった。

トレード要員の牛島に「背広にネクタイしておけ」。

 監督になっても巨人だけには勝ちたいんや。まさに執念の落合獲得劇。交換相手の1人、牛島和彦は現役時代に可愛がった弟分だが、トレードが決まったら直接電話して「今から行く。男と男の話だから、背広にネクタイをしておけ」と告げる。

 心を鬼にしてロッテ移籍を説得後、翌日の中日本社内の牛島の記者会見では、記者会見場の片隅でじっと弟分を見守る星野の姿。

 もちろん「スタンドプレーで見え見えのポーズ」という批難はあったが、この39歳の新監督の姿勢は結果的に人気選手放出に対するファンの反発を抑える効果があった。

「もっと書け。今に巨人の記事より多くなってしまえ」

 自分の行動が周囲にどう見られるのか。とにかく星野監督はマスコミ操作術に長けていた。

 ベロビーチ・キャンプでは、日本からスポーツ紙や週刊誌を送らせ必ずチェック。そうして信頼できる記者を選別していくわけだ。事あるごとに巨人を挑発し、トップニュースになるような発言も意図的に口にした。記者たちへのサービスと同時に世間へ中日の存在をアピールするために。プロは人気商売、悪いことでもいいことでも書かれないよりマシ。キャンプではスポーツにあまり縁がない地方一般紙のインタビューにも応じる努力が実り、徐々に週刊誌でも中日記事が増えていく。

「そうだ、もっと書け。今に巨人の記事より多くなってしまえ」なんて心の中で叫ぶ星野。あの巨人戦での乱闘で王監督に拳を突き出したのも、そうすることでマスコミが大きく取り上げ、ファンや選手に「星野は王さんに少しも負けていないぞ」と印象を与えるのが目的だったという(当時の映像を見返すとガチで怒ってるようにも見えるが……)。

 就任1年目の開幕戦では年上の王監督のもとに挨拶に行く慣習をあえて無視。世界の王と言えど、倒さなければいけない敵であり、挑戦状を叩きつけることによって大きな注目を集めることができると考えたのだ。

【次ページ】 '80年代の星野仙一はどこか“猪木的”だった。

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