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'85年、阪神日本一の陰の立役者。
川藤幸三が語る“控え”の重要さ。

posted2015/10/09 16:30

 
'85年、阪神日本一の陰の立役者。川藤幸三が語る“控え”の重要さ。<Number Web> photograph by Sports Graphic Number

「代打・川藤」は打席以外でも阪神の日本一を支える存在だった。

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鷲田康

鷲田康Yasushi Washida

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阪神タイガースが球団史上初の日本一に輝いた年を綴った『1985 猛虎がひとつになった年』(鷲田康・著、好評発売中)の出版をきっかけに始まった短期集中連載の5回目は、川藤幸三氏のインタビュー。この年、全試合にベンチ入りした川藤氏だが、打席に立ったのは31回のみ。実は代打稼業に加えて、川藤氏はチームを陰で支える役割を果たしていたのだ。

 バース、掛布、岡田……代打川藤!

 今秋に流れた1985年の阪神優勝に引っ掛けたNTTドコモのテレビCMは、ある意味、あの年の阪神の真実を語るものだった。

 1985年の阪神はランディ・バース、掛布雅之、岡田彰布という最強クリーンアップがチームを引っ張り、新ダイナマイト打線と言われた強打が優勝の原動力だった。しかし、もう一人、陰の主役を挙げるとすると「代打・川藤」――川藤幸三の存在なくしてあの優勝はなかったとも言えるのである。

 ただ、川藤は代打稼業だけでチームを支えたわけではなかった。'85年のシーズンに代打で起用されたのはたった31回でしかない。成績は28打数5安打6打点で、9月14日の中日戦を最後に、優勝決定後の10月18日までは打席に立つこともなかった。

 それでも吉田義男監督は川藤を選手と首脳陣のつなぎ役として、限られたベンチ入り枠の1つをこの男に全試合で与え続けたのである。表に出るレギュラーと控えとして裏からチームを支える選手にはそれぞれの役割がある、と川藤は言う。その役割とは何か? そして控え選手の矜持とは何なのか――。

「代打っていうのは1打席に命がかかっている」

――ようやく本が発売の運びとなりました。川藤さんには優勝のキーマンとして、様々な場面で登場していただいています。

「ワシはええよ。ワシみたいな裏の人間は、そんな出んでええよ」

――そういう裏側の役回りに徹した川藤さんが、優勝する上でいかに必要だったか、解き明かすために登場していただいているんです。

「そうか(とちょっと嬉しそうな笑顔を見せてくれたように見えた)」

――あの年は代打としては長崎啓二(現・慶一)さんや弘田澄男さん、北村照文さん、吉竹春樹さんらがいました。川藤さんの出番は4番手か悪ければ5番手。それでも毎日、午前中には甲子園球場に来て打ち込みをしていたという話を長崎さんがしています。どういう気持ちで試合に臨んでいたのですか?

「もちろん基本は選手。基本はバットですから、そうやってベンチに座っていつ来るともしれない出番を待つ。それはイライラしますわ。でも、補欠なんやから、自分の思い通りにはいかない。ただ、代打っていうのは1打席に命がかかっているんだからね。その準備は怠れないわけですよ」

【次ページ】 控えの起用こそよく考える必要がある。

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