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「タダ券は絶対に配らない」
J2ファジアーノ岡山の流儀。
text by
松本宣昭Yoshiaki Matsumoto
photograph byTadashi Shirasawa
posted2015/05/12 11:00
木村氏は1968年、岡山県生まれ。東大法学部を卒業後の1993年にゴールドマン・サックス証券に入社し、2003年から退職する2006年まで執行役員を務めた。
昨シーズン開幕前の、忘れられない光景。
木村には、忘れられない光景がある。昨シーズンの開幕前、岡山県内の有力者が集まったキックオフ交流会で、ある人物が愚痴をこぼした。
「わしはまだ招待されたことがないけん、ファジアーノのスタジアムに行ったことがないんじゃ」
ファジアーノを激励するはずの場は、ざわついた。しかし、別の人物の一言が、会場の雰囲気と木村の心を一変させた。
「岡山県知事も岡山市長も年間パスを買っているのに、何を招待なんて言っているんだ!」
タダ券を配ることをせず、地道に「プロスポーツとは、お金を払って行くもの」という意識を根付かせてきた木村とクラブの活動が報われた瞬間だった。
チームを強くするためには、お金が必要だ。2013年のJ2では、年間予算額の上位5クラブ(G大阪、神戸、京都、徳島、千葉)が、リーグ戦の順位でもトップ5を独占した。親企業を持たないファジアーノが、強化費を捻出するためには、1人でも多くの出資者に、1円でも多くのお金を出してもらうしかない。だから、木村はためらわずにお金の話をする。
「少しでもいいからお金を出してください」
「他のクラブさんもやっていることですから月並みですけど、『少しでいいからお金を出してください』と、堂々と言っていますね。『チケットがあったら行くよ』と言われたら、『すみません。実はこれは強化費になるので、ぜひ来てほしいんです』と伝える。
クラブ創設当初は、お金ではなく商品やサービスで選手をサポートしてくれるサプライヤーが多かったんです。例えば、お金は払えないからクリーニングをやってあげるよとか、散髪してあげるよとか。それをお金に切り替えていただくようにしました。
やはり、選手の価値は年俸をいくらもらっているか。僕らがプロ選手を抱えるということは、彼らに実力に見合ったお金を、きちっと払うことなので。そこの共通認識は、だいぶできていると思います。ただ、そんなことをしていると、たまに新幹線で高校の先輩とかに会うと、『おー、木村。うちの会社、お金ないから』って言われることもあります。俺は、金、金、金ってイメージになっているんだなって(笑)」
今季第13節を終了した時点での、ファジアーノのホームゲーム平均入場者数は、1万289人。彼らの手には、お金を払って購入したチケットが握り締められている。
岡山では観客層を5種類に分けて、特定の層にホスピタリティの向上を図った。
木村が代表就任以来、100倍以上にも増えたクラブの収入。
その陰には、地域の人々をうまく巻き込む、ある意識改革があった。
本編「スポーツ経営論」は、Number877号でお読みください。