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クラッシュ・ギャルズの伝説再び!
あの傑作ノンフィクションが文庫化。 

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posted2014/03/28 10:30

クラッシュ・ギャルズの伝説再び!あの傑作ノンフィクションが文庫化。<Number Web> photograph by Sports Graphic Number

『1985年のクラッシュ・ギャルズ』(文春文庫) プロレスを知らない人にも是非読んでいただきたい、傑作ノンフィクションである。

さる3月20日、下北沢の書店「B&B」にて、
文庫版『1985年のクラッシュ・ギャルズ』の刊行を記念し、
著者の柳澤健さんのトークショーが行われました。
ゲストにフリーアナウンサーの清野茂樹さんを迎え、女子プロレスから
ジャイアント馬場さんの話まで、濃いトークに会場は大いに盛り上がりました。

清野 「今日は柳澤健さんの文庫版『1985年のクラッシュ・ギャルズ』発売記念イベントにお越しいただきまして、ありがとうございます。司会のフリーアナウンサーの清野と申します。

アクラム・ペールワンのTシャツを着る柳澤健氏。

 僕と柳澤さんの出会いは、ラジオ番組(ラジオ日本『真夜中のハーリー&レイス』)がきっかけなんですね。今日は90分1本勝負、アントニオ猪木対ボブ・バックランドみたいなものでしょうか。それでは柳澤さん、どうぞご登場ください!」

柳澤 「(自分でリコーダーで猪木のテーマ『炎のファイター』を吹きながら登場する)よろしくお願いします。柳澤です。このリコーダー、自分の子どもが使っていたやつなんですけどね(笑)」

清野 「まずは『1985年のクラッシュ・ギャルズ』、文庫化おめでとうございます」

柳澤 「ありがとうございます。私は女子プロレスや猪木さんから格闘技まで取材をしています。つい先日は、週刊誌の連載(週刊大衆『1964年のジャイアント馬場』)の取材で、ブルーノ・サンマルチノにピッツバーグで会ってきました」

清野 「(驚く)へええ!」

ブルーノ・サンマルチノにピッツバーグで会ってきた。

柳澤 「じゃあ、まずはその話を少し。プロレスラーの方たちって、とにかく腰が悪いんですね。ところがブルーノは、もうお年寄りなのにとてもしっかりしていて、矍鑠としていてびっくりしました。彼は1960年代、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンの“帝王”と呼ばれていたんですね。ブルーノには馬場さんのことをたくさん聞きました。そのうち、もうすぐ出る週刊誌(『週刊大衆』)の連載では『ジャイアント馬場&アントニオ猪木、アメリカ遠征地図』が出てきます」

清野 「馬場さんの興行がニューヨークなど東海岸の都市部で、猪木さんが西海岸の地方だったという話ですか?」

柳澤 「そう。シカゴ、ニューヨーク、セントルイスといった、アメリカ北東部の方が断然儲かるんですよ。猪木さんは一流の都市に、一歩も入れない。ごく客観的に『馬場さんが○月○日この都市に初登場』『猪木さんが○月○日この都市に初登場』とプロットしていくだけなんですけど、ふたりの“格の違い”は一目瞭然ですよ。馬場さんが『自分は一流』『猪木は二流』と見下している理由はそこにあるんです」

【次ページ】 “NYの帝王”サンマルチノと人種問題。

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