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佐々木健介が一途に駆けた、
28年間の熱血プロレス人生。
~“鬼嫁”も同席、武骨な引退会見~ 

text by

門馬忠雄

門馬忠雄Tadao Monma

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photograph byNIKKAN SPORTS

posted2014/03/03 06:20

佐々木健介が一途に駆けた、28年間の熱血プロレス人生。~“鬼嫁”も同席、武骨な引退会見~<Number Web> photograph by NIKKAN SPORTS

 自分に厳しく、他人にも厳しかった男、佐々木健介が28年間のプロレス生活にきっぱりケジメをつけた。

 ダイヤモンド・リングの看板選手であった健介が2月13日、健介オフィスの代表で妻の北斗晶とともに引退会見を開いた。同11日に後楽園ホールで行なわれた直弟子・中嶋勝彦との試合でジャーマン・スープレックスに沈み、引退を決意。「一緒にやってきた勝彦の成長が嬉しかった。負けて悔しいと思わなかったときに、もう佐々木健介というプロレスラーは終わったと思った」と心境を話した。“鬼嫁”北斗にねぎらいのキスを受け、照れっぱなしだったが、彼の晴れやかな笑顔を見るのは久しぶりのことだった。

 健介の心身を強くしたのは、'85年6月にジャパン・プロレス入りしたときの師匠・長州力との決別('03年WJ崩壊)だ。北斗と二人三脚で健介オフィスを設立し、フリーランスの立場で沈滞気味のプロレス界を牽引した功績は大きい。

チョップ合戦を繰り広げた“鉄人”小橋に似た一途さ。

 リングでは手抜きを知らぬ稽古の虫であった。その成果は、4度の新日本IWGPヘビー級王座に君臨、全日本3冠ヘビー級王座獲得、'08年9月にはノアの森嶋猛を破ってGHCヘビー級王座奪取、という史上初の“3団体タイトル制覇”として実った。「努力した者は報われる」という故ジャイアント馬場の言葉がよみがえる。

 ベストマッチは、小橋建太と胸板が張り裂けそうなほど凄まじいチョップ合戦を繰り広げた一戦だろう('05年7月18日、ノア東京ドーム大会)。その年のベストバウト賞に輝き、ファンにストロング・スタイル健在を強くアピールした。

 公式身長は180cm。しかし、そこまでの上背はない。小さい身体に筋肉の鎧をまとうことで大きく見せていた。「この世界で食っていくなら、身体を大きくしろ!」。米国遠征でマサ斎藤から受けたアドバイスが健介を飛躍させたのだ。「太く短く」が信条だった健介。同世代の好敵手、小橋が昨年5月に引退したことも、引き際の美学につながったようだ。長いあいだ頸椎椎間板ヘルニアに悩まされ、47歳の身体はボロボロだった。その一途な生き方は「プロレス馬鹿」と言われた“鉄人”小橋に似ている。

 無骨な男は引退興行をやらないという。健介、熱血ファイトをありがとう。

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