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<10番の時代の終わり> リオネル・メッシ 「なぜ彼は“神の子”になれなかったのか」 

text by

豊福晋

豊福晋Shin Toyofuku

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photograph byRyu Voelkel(T&t)

posted2010/07/22 06:00

<10番の時代の終わり> リオネル・メッシ 「なぜ彼は“神の子”になれなかったのか」<Number Web> photograph by Ryu Voelkel(T&t)

ドイツ戦後、肩を落とすメッシ。終了間際のシュートも力無くGKノイア―に押えられた

マラドーナの戴冠から24年。時代は変わっていた。

 マラドーナは、メッシが活躍しさえすれば優勝できると考えていた。

 それは自らが10番を背負い、彼が優勝に導いた1986年ワールドカップで証明したことでもあった。

 しかしそれから24年が経ち、時代は変わっていた。

 かつてマラドーナが謳歌した10番のためのスペースはなくなり、そこはピッチを走り回る運動能力の高いMFで溢れていた。メッシがボールを持てば、屈強なフィジカルを持つ数人のドイツ人がとり囲んだ。

 しっかりと自陣に引いてから手数をかけずにスピードのある攻撃を繰り返す。

 そんな守備戦術が主流となった今大会で、メッシというタレント一人に頼ったアルゼンチンは、マラドーナが現役だった頃の香りを残す、ひと昔前のチームだった。

 決勝に残ったスペインも、オランダも、タレントこそいるが、誰か一人に依存するサッカーではなかった。

かつての自分に重ねたメッシへの強すぎた思い。

 今大会でメッシ自身のプレーが悪かったわけではない。

 バルセロナのチームメイトのイニエスタは「レオは普段通りいいプレーをしていたと思う。彼のような選手が活躍できないことは珍しいからね。点は取れなかったけど、彼は常にアルゼンチンの攻撃の中心だった」と語っている。

 しかしそんなメッシを生かすための戦術的多様性を欠いていたことも確かだ。

 ドイツ戦では、右サイドに張らせて起点を作り、敏捷性を欠くボアテンクに1対1を挑ませる方法もあった。あるいはイグアインとテベスをサイドに置き、'08-'09 シーズンにCL決勝でバルセロナがマンチェスター・ユナイテッドを倒した時のように、メッシを“虚構の9番”として使うこともできたはずだ。

 かつての自分に重ね、新たな10番の才能に賭けたマラドーナ。そんなメッシへの強すぎる思いが、モダンで組織的なドイツを前に散ることになった一つの要因だった。

 大会後、メッシはアルゼンチンメディアにもほとんど言葉を発することなく、静かに姿を消した。

 マラドーナが描いた、10番が躍動するアルゼンチンの姿を、南アフリカで見ることはなかった。

 輝けなかったメッシとアルゼンチンの敗退は、マラドーナの戴冠から24年が経ち着実に変わっていく現代サッカーの流れを如実に表していた。

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