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<シリーズ 3.11を越えて> サッカー日本代表専属シェフ、西さんの味。~今も福島・Jヴィレッジの厨房で~ 

text by

二宮寿朗

二宮寿朗Toshio Ninomiya

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photograph byTsutomu Takasu

posted2013/03/09 08:01

<シリーズ 3.11を越えて> サッカー日本代表専属シェフ、西さんの味。~今も福島・Jヴィレッジの厨房で~<Number Web> photograph by Tsutomu Takasu
あの日を境に芝生のグラウンドは砂利の敷かれた駐車場になった。
それでも、Jヴィレッジが元に戻る日が来ることを信じて
西さんは今日も料理を作る。
大事なことを自分に教えてくれたサッカーをここへ取り戻すために。

雑誌Numberに連載中の「シリーズ 3.11を越えて」。
今回は日本代表専属シェフ、西芳照さんが故郷・福島で臨む
“復興への戦い”を追ったドキュメントをNumber822号より公開します。

 あの青々としたピッチは、砂利の敷かれた駐車場に変わっていた。

 ボールを蹴る音は消え、砂利を踏むタイヤの音がひっきりなしに耳に入ってくる。

 日本サッカーのナショナルトレーニングセンターとして利用されてきたJヴィレッジは福島県楢葉町、広野町の2つにまたがる広大な施設だが、東日本大震災を境にして役割は180度変わってしまった。福島第一原発の20km圏内に入ることから「警戒区域」(昨年8月に解除)に指定され、原発業務にあたる作業員の拠点となったのだ。

 だが、すべてが変貌したこのJヴィレッジにあって、変わらない光景がある。

 震災で閉鎖されるまで、Jヴィレッジのレストラン「アルパインローズ」の総料理長を務め、またサッカー日本代表の専属シェフでもある西芳照が厨房で働く姿だ。

 西は震災で甚大な被害を被った南相馬市の出身。所属するフードサービスの会社から派遣される形でジーコ時代から継続して日本代表の遠征に帯同してきた。

 彼の存在が注目されたのは、日本がベスト16に進出した南アフリカW杯。選手の心を掴む味だけでなく、目で楽しむライブクッキングがチームの雰囲気づくりに一役買った。

 西は今、作業員向けのレストランになったJヴィレッジ内の喫茶店「ハーフタイム」で食事を提供している。手の込んだ日替わりランチのほかにも、代表でも人気のあるパスタ、カレーなどがメニューに並ぶ。

「警戒区域」に戻って食を提供する西に深く刻まれた苦悩の皺。

 仕込みを終えた西が、厨房から出てきた。

「ピッチもなくなったし、以前とは全然違うでしょ。びっくりされたんじゃないですか」

 1年ぶりの再会だった。前回のJヴィレッジは関係者以外立ち入り禁止。今回、駐車場になったグラウンドなどを実際に目にして確かにショックを受けた。だが施設の「変化」よりも、Jヴィレッジへの道中で見た、1年前と変わらずカーテンを締め切ったままの家々のほうが脳裏にこびり付いていた。降り注ぐ雪に空虚感が伴い、町が余計に寒々しく見えたからだ。

 もう一つ気になったのは、西の顔つきだった。震災から程なくして自らの意思で「警戒区域」にあるJヴィレッジに戻ると決断し、1年前、施設にサッカーを取り戻したいと語った前のめりなほどの熱さが見えなかった。

 細面に深く刻み込まれた皺が、彼の苦悩と葛藤を映し出していた。

【次ページ】 パニック状態の施設で炊き出しに取り掛かった、あの日。

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