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個性のある若手、豊真将と豊響に期待。 

text by

服部祐兒

服部祐兒Yuji Hattori

PROFILE

posted2007/09/06 00:00

 名古屋場所では、地元琴光喜が大活躍。実に5年半ぶりに日本人大関が誕生したが、次代を担う若手日本人力士として存在感を示したのが、豊真将(26歳)と豊響(22歳)である。ともに山口県豊浦町(現下関市)出身。自然に恵まれた豊浦町の「海と味覚といで湯の町」というキャッチフレーズに、新たに「相撲どころ」が加わるかもしれない。

 10日目まで1敗を守り、優勝争いに絡んだ豊真将は、終盤こそ5連敗したものの、相撲の中味が激変した。強靭な下半身を支えにした守りの辛抱相撲から、常に前に出る攻めの突撃相撲へ。左右のおっつけ、はず押し、廻しを引きつけての寄り。これまでの礼儀正しい好青年から荒々しい野武士へと一変したのだ。

 一方の豊響は新入幕で11勝して敢闘賞を受賞し、その名を相撲ファンに知らしめた。身長185cm体重173kg。雅山に次いで、幕内2番目の体重を武器にした典型的な突き押し相撲を見せる。立合いのぶちかましは強烈で、攻め込む姿はさながらブルドーザーのようだった。勝負度胸も満点で、稽古場では部屋に4人いる関取衆の中で最も弱いが、本場所では力を発揮する。個性派力士が少なくなる中登場した、久々の馬力力士である。

 2人は、同じ小学校の相撲クラブで相撲を始めた。豊真将が豊響の3年先輩で、ともに豊浦中学校の相撲クラブでも大活躍した。高校は、豊真将が埼玉栄、豊響は地元の響に進み、高校相撲では全国を舞台に戦ったが、その後2人は一度相撲をやめた。日大に進んだ豊真将は、蜂窩織炎が悪化したために1年で相撲部を退部。警備員やとび職などアルバイト中心の学生生活を送っていた。一方、豊響は高校卒業後「自信がない」とプロ入りをためらい、広島県の造船会社に就職。しかし、1年で退職して地元でフリーター生活を送っていた。よく似た境遇の2人は、人生にも相撲にも再チャレンジをして、ブランクを全く感じさせずに出世街道を駆け上がってきた。がんばりの源は、一時離れていた者にしか分からない、相撲への愛着や感謝に違いない。

 来たる秋場所。再び豊浦旋風が起きるかどうか。相撲エリートと言われる力士たちが大半を占める中での、いわば雑草の逆襲はなるか。豊真将、豊響の大地に根を張った相撲、楽しみである。

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