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殿堂入り同期はゴロフキン…5階級制覇・藤岡奈穂子が歩んだ柔らかな道筋「今日より明日、ほんの少し強くなる」《作家・角田光代が描く「拳の肖像」》

2026/09/17
日本人女性初の国際ボクシング殿堂入りした藤岡
アジア人女性が初めて国際ボクシング殿堂に名を刻んだ。故郷の農村婦人センターから出発した彼女は、世界5階級制覇、40代半ばでのアメリカ進出と前人未到の道を歩んだが、その強さはどこから来るのか。親交のある作家が、その到達点と背景を描き出す。(原題:[殿堂入り女性ボクサー]藤岡奈穂子「はるか遠くを見ずに」)

 2026年6月、プロボクサー藤岡奈穂子は、国際ボクシング殿堂入りを果たした。日本においてはじめて世界5階級を制覇した功績をたたえられてのことである。

 国際ボクシング殿堂とは何か? ボクシングに多大な功績を残した人物が協議会によって選出され、ニューヨーク州カナストータにある「国際ボクシング名誉の殿堂博物館」にその名を刻まれることである。この博物館は1990年に設立され、初代の殿堂入りはモハメド・アリである。日本人ではファイティング原田やジョー小泉、もっとも最近では2014年に具志堅用高と故大場政夫が殿堂入りしている。

 女性として殿堂入りしたのは、藤岡が日本初でありアジア初。殿堂入りにふさわしい人を決める協議会は全米の記者や歴史家たちで構成され、投票によって決められる。藤岡は引退後3年、初ノミネートで最速選出された。日本でも有名なゲンナジー・ゴロフキンも、今年、藤岡とともに殿堂入りしている。

 6月にカナストータで行われた式典は、町を挙げてのお祭りが4日間続き、世界中からボクシングファンが集った。殿堂入りしている歴代チャンピオンが、リスペクトを持って自分を同等に扱ってくれたことに感銘を受けた、と藤岡は振り返った。

母親との約束「一回でも負けたらやめる」

 藤岡奈穂子がボクシングをはじめたのは24歳のとき。それまでは、ソフトボールの企業チームで活躍していたが、社長から「おまえのかわりなんかいくらでもいる」と言われたのをきっかけに、会社もソフトボールもやめて、たまたま広報誌でボクシング練習生募集の広告を見て、連絡をとった。ボクシングなら個人で結果が出せると思ったからだ。そのジムに女性の練習生はいなかったが、第1号として受け入れられた。ジムは故郷・宮城の農村婦人センターという施設にあり、週3回、練習がはじまった。そうしてアマチュアボクサーとして、めきめき頭角をあらわしていく。

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photograph by Katsumi Omori

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