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「4年後にW杯にいくなんて、想像すら…」佐野海舟が語るブンデスリーガで急成長した秘訣とデュエル時の“計算された演技”「やられて嫌なことを逆にやっている」《インタビュー》
ライン川のほとり、絵葉書の風景のなかを、佐野海舟は歩いてやってきた。
この街に住んでおよそ2年がたつ。旧市街の石畳にも、聖堂の鐘の音にもすっかり慣れた。カフェで偶然会ったチームメイトと会話をかわす。
異国の生活にも、ドイツという国のサッカーにも溶けこんだ。今季はマインツでブンデスリーガ全34試合すべてに先発出場。佐野はワールドカップに出場する日本代表の中で、最もリーグ出場時間の長かった選手だった。
3年半前、前回のカタールW杯が行われていたころ、彼はまったく異なる現実のなかを生きていた。
「いまから一番遠いところにいた感じですね。カタールW杯のときは怪我をしていて、半年くらいサッカーができなかったんです。クラブハウスにも行っていませんでした。4年後に日本代表としてW杯にいくなんて、想像すらできなかった。サッカーすらできていないので……。自分はあんな舞台に立てるわけない。そう思っていました。日本代表の試合を実家のリビングで見ながら、個人的に力をもらっていましたね。ドイツとスペインに勝ったあの2試合は特に記憶に残っています」
「今はもうどんな選手とやっても、絶望感は全然ない」
当時、佐野はJ2の町田ゼルビアでプレーしていた。疲労性の腰痛を患い、オーバートレーニング症候群にも苦しんだ。一時はチームを離れ、実家のある岡山で療養した。
遠いところからW杯を眺めるひとりのファンでしかなかった佐野は、そこから一気に階段を駆け上がっていく。
鹿島アントラーズを経て2024年にマインツに移籍し定位置を確保すると、あっと言う間にブンデスリーガ有数のミッドフィルダーに成長した。今季のリーグ公式データではデュエル勝利数はリーグ2位タイ、総走行距離も同3位。持ち味の球際の強さと運動量でドイツ屈指の存在となり、評判はすでに国境を越えた。いつしかマインツでは特別な選手への愛称でもあるFuβballgottとさえ呼ばれるようになった。
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