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「法やルールに触れない限りは何でもやりました」2007年中日vs.巨人CS第2ステージの舞台裏で火花を散らした“球界の007”たちの回想…「右ですよね」「ああ、右だろうな」
2000年代後半の中日ドラゴンズと読売ジャイアンツは毎年のように優勝を争っていた。指揮官の哲学を色濃く反映した両軍の試合となれば、プライドがぶつかり合い、ベンチ裏のスタッフまでが表情を強張らせていた。その異様な緊迫感の内実が表面化したのが2007年のクライマックスシリーズ第2ステージ初戦である。
あの日のことはこれまで多くの関係者が語ってきたが、一つ記されていないことがある。グラウンドでもベンチでもなく、誰にも見えない水面下で火花を散らしていた男たちのことである――。
就任直後に過去5年分の他球団のデータを求めた落合監督
10月半ばを過ぎた秋晴れの日だった。中日ドラゴンズの監督付スコアラーである田中彰はいつものように資料を抱えて部屋を出た。チームの定宿である東京都千代田区のホテルニューオータニの宴会場では試合前のミーティングが始まろうとしていた。ペナントレース優勝をわずかの差で逃した中日はこの年から導入されたクライマックスシリーズの第1ステージを勝ち上がり、この日からリーグ王者の巨人を相手に第2ステージを戦うことになっていた。

敵地東京ドームへ出発する前に作戦会議が行われる流れはいつもと同じだったが、この日はひとつだけ普段と異なることがあった。ミーティングでは田中たちスコアラー陣が集めた資料とともに映像も用意される。自軍の先発ピッチャーが右投手であれば、巨人打線が右腕と対戦している場面を、逆に左投手ならばサウスポーと対峙している場面を編集して投手や捕手に見せる。右用か左用か、どちらの映像にするかは事前にバッテリーチーフコーチである森繁和から指示があるのだが、この日に限って森は「両方用意してくれ」と言ったのだ。当日のこの時間になっても自軍の先発ピッチャーが決まっていないことはあり得ない。森の言葉は、チーム内においても、この日の先発マウンドに誰が立つかは明かさないという意思表示だった。異例のことだ。だが、このチームならあり得ることだった。
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