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【高校サッカー】山田隆裕、名波浩、望月重良…1990年の清水商はなぜ「幻の最強校」と呼ばれるのか?《ノンフィクション》

2026/01/12
左から清水商の名波浩、山田隆裕
古くは『赤き血のイレブン』の浦和南、三冠の東福岡、大久保嘉人を擁した'00年度の国見――。高校最強とされるチームはいくつかあるが、選手権優勝を逃しながらそう評されるのは、このチームだけだろう。(原題:[幻の最強校ノンフィクション]1990年の清水商)

 高校サッカー界は、まるで彼らを中心に回っているかのようだった。

 ちょうど元号が昭和から平成へと移り変わった時代。大滝雅良監督率いる清水市立商業が無類の強さを誇り、高校サッカー全盛期のシンボルとなった。

 通り名は清商(キヨショウ)である。

 この名門校が送り出した最高傑作と言えば「高校サッカー史上最強」の呼び声高い1990年度のチームだ。イレブンのうち10人がのちにJリーガーとなっている。

山田、名波らは1年生だった'88年度の選手権で優勝を経験するも、最後の大会では3回戦敗退。だが当時のレギュラー11人のうち10人が後にJリーガーとなっている。なかでも山田、名波、大岩、望月重は日本代表でもプレーした
山田、名波らは1年生だった'88年度の選手権で優勝を経験するも、最後の大会では3回戦敗退。だが当時のレギュラー11人のうち10人が後にJリーガーとなっている。なかでも山田、名波、大岩、望月重は日本代表でもプレーした

 布陣は4-3-3。3トップは右にキャプテンの山田隆裕、中央に田光仁重、左に興津大三、中盤は左に名波浩、右に鈴木宏和、アンカーに望月重良、4バックは右に望月慎之、左に大岩剛、ストッパーに西ヶ谷隆之、スイーパーに薩川了洋、守護神は大石尚哉という顔ぶれ。このうち、3年の山田、名波、大岩、さらに2年の望月重がやがて日本代表に上り詰める。まさに空前絶後のタレント集団だった。

 とくに3人の日本代表が輩出した3年は稀に見る黄金世代。在学中に高校サッカーのタイトルを総なめにしてきた。夏のインターハイ(全国高校総体)、秋の全日本ユース選手権、冬の全国高校選手権――いわゆる三冠である。

 1年のときに選手権、2年、3年のときにそれぞれインターハイと全日本ユースを連覇。実に5回も全国優勝を成し遂げた。ちなみに、2学年上にはキャプテンの三浦文丈、1学年上には藤田俊哉という、のちの日本代表がいた。

社会人チームを相手に練習試合

 山田らが3年になると、もっぱらJSL(日本サッカーリーグ)所属の社会人チームを相手に練習試合を重ねている。浜松市の本田技研、磐田市のヤマハ発動機、また裾野市に拠を構えていたトヨタ自動車などの胸を借り、しばしば勝利を収めていた。洗練された技術とパスワークは大人たちをも震え上がらせたわけだ。

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photograph by Takahiro Kohara

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