あの日、彼女は一流であることを示すはずだった。極度のプレッシャーは、正常な思考を奪い去った。だが、14着という惨敗の先に選んだ苦難の道は今なお、誰にも真似できない輝きを放っている。ダービーは、このウマ娘に何をもたらしたのか――。(原題:[敗戦を語る]キングヘイロー「すべてはあの日から」)
それはダービーでの出来事だった。
ダービーでなければ起きなかったかもしれない。ダービーは時々、何かを狂わせてみたりするのだから――。
取材当日、空は晴れ渡っていた。「せっかくだから、外で話しましょう」というキングヘイローからの提案で、トレーニングコースの横にあるベンチに座った。傍らでは、これからのレースシーンを担う少女たちが汗を流していた。
話を聞く前に、少しだけページが焼けた一冊の雑誌を見せると、彼女の頬が緩んだ。あのダービーの前年に発売されたもので、見出しには『来年は“黄金世代”もうすぐ来るクラシック特集』とある。
「あら、この雑誌、懐かしいわね。スペさん、スカイさん、グラスさん、エルさん……。でもこのページを見て頂戴。私の特集がこんなに。『2世』とか『令嬢』とか、そんなのばかりだけど」
スペシャルウィーク、セイウンスカイ、グラスワンダー、エルコンドルパサー、そしてキングヘイロー。当時、メディアはこぞって才能溢れるこの世代に注目した。なかでも数々のGIを勝ったウマ娘を母に持つ良血であり、天性のスピードにも恵まれたキングヘイローは一際目立つ存在だった。一方で、出自の華やかさも相まって、ビッグマウスを快く思わない人もいたと聞く。
「私が断然、主役だったわ。一流ウマ娘の宿命ね。大勢の記者がトレセン学園に押しかけてきて、もう大変な騒ぎよ」
いつの間にか、歯車が噛み合わなくなっていた。
あのダービーについて聞きたい、と伝えた時、以前のキングヘイローならば断ってきたのかもしれない。敗北をすすんで語りたがる者はいないだろう。しかし、彼女は苦笑いを浮かべつつも、口を開いた。
特製トートバッグ付き!
「雑誌プラン」にご加入いただくと、全員にNumber特製トートバッグをプレゼント。
※送付はお申し込み翌月の中旬を予定しています
photograph by ©Cygames, inc