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「あしたのジョーは、もういない」辰吉丈一郎が貫く“無二の生き様”…井上尚弥の父が語る「辰吉さんの言葉は純粋に聞けた」《ノンフィクション》

2024/05/07
現役時代から親交のある吉山修会長のジムで、ステップを踏む辰𠮷。練習場所は日毎に変わる
あしたのジョーは、もういない。'91年、世界を制した浪速のジョーの華やかな拳と、時代を逆行するかのような生き方に日本中が酔いしれた。周囲の制止を振り切り、今もリングを目指す男の人生は、頂きへ突き進んでいる若き世界王者とも重なる。(初出:Number968&969号辰吉丈一郎、無二の生き様 あしたのジョーは、もういない。)

 ある男がいた。女手ひとつで育てられ、中学を卒業すると塗装工になった。必死に働き、家庭を持ち、会社を持ち、24歳の時、ボクシングと出会った。

 拳ひとつで人を倒す技術の美しさに魅せられ、一瞬、プロを夢見た。だが、バブル崩壊の1990年代半ば、従業員もいた。背負うものの重さが夢に蓋をさせた。

 そんな男が妙に惹かれたボクサーがいた。

「辰𠮷さん、畑山さんですね。ボクシングそのものもそうですが、生き様というか……。辰𠮷さんはすごい発言をして、本当に実現してしまう。僕は大きいことを言う人は嫌いなんですが、なぜかあの人の言葉は嫌味なく、純粋に聞けたんです」

 片親で中卒。男は自分と似た境遇の辰𠮷𠀋一郎というボクサーがリングを熱狂させ、人生を切り開いていく様を見ていた。

人々を熱狂させたボクシングの代償

 辰𠮷は、男のそんな思いは知らずに、今も大阪・守口であの頃と変わらない世界に生きている。15歳で岡山を出て33年、住み慣れた街の、見知った道を走っている。

「こいつ、まだ走っとんかって思われてるかもな。夏場は上半身裸でロードワークするから、変なおじさんって思われとるやろ(笑)。ボクサーとして日本では定年、海外でも定年。でも僕の中では3度目の王座返り咲き、チャンピオンのまま引退するってことしか頭にない。人が好きでやっとるんやから、とやかく言うなよ、と」

 38歳でライセンス失効。海外での試合も原則禁止。つまりルールの上にプロボクサー辰𠮷𠀋一郎は存在しない。

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photograph by Takuya Sugiyama

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