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[追憶インタビュー]宮市亮「バッドボーイになれなくて」

2023/04/13
日本の高校生が、あのアーセナルと選手契約を結ぶ。当時、誰もが18歳の快足ウインガーの輝ける未来と、エミレーツ・スタジアムを華麗に駆ける姿を夢想した。あれから13年、ロンドンでの葛藤の日々を本人が明かす。

 内定を伝えてくれたのは、まさかの“ビッグボス”本人だった――。

 2010年8月、2週間の練習参加最終日のことだ。高校3年生だった宮市亮は、アーセナルのクラブハウス内にある一室に呼び出された。ひと際豪華な部屋のドアを開けると、銀髪の紳士が1人で待っていた。アーセン・ベンゲルだった。

「ベンゲルさんって、とにかくオーラがすごいんです。そこにいるだけで背筋がピンと伸びるイメージ。例えばクラブハウスの食堂には脂っこい揚げ物もあって、普段はスタッフも普通に食べます。でも、ベンゲルさんが食堂に入ってきた途端、みんな野菜ばっかり皿に取る(笑)。細かいところまで見ていますからね。あのカリスマ性があるからこそ、スター集団をまとめられる」

 当時、宮市はほとんど英語を話せなかった。隣には通訳として代理人が座っていた。それでも、カリスマの真剣な語り口を聞いて、何を話しているかはすぐ理解できた。

「リョウ、君のプレーを高く評価している。今後、正式な契約を考えているから、より具体的に詰めて話をしていきたい」

リザーブチームの監督が宮市のホテルに潜入→内定

 宮市本人も後から知ったことだが、評価されたのはプレーぶりだけではなかった。練習参加中、アーセナルのリザーブチーム監督が、宮市の泊まるホテルに潜入。時間どおりに朝食を取っているか、夜遊びをしていないかなど、人間性をくまなくチェックした上で出された“内定通知”だった。

 英国の就労ビザが下りず、ルーキーイヤーはフェイエノールト(オランダ)にレンタル移籍することになった。

「アーセナルの練習に参加したときと同じように、ボールを受けたらとにかくガンガン仕掛けました。元々スピードには自信がありましたけど、こっちでも結構やれるぞって、手応えは感じていましたね」

 加入間もなくデビューを果たすと、'11年2月12日のヘラクレス戦で初ゴール。わずか3カ月の所属で12試合に出場、3得点5アシストを記録した。シーズン終了後、アーセナルから帰還命令が届いたのも当然の流れだった。

 ところが、ここから18歳の「自信」は「焦り」へと変わっていくことになる。

「ゲストとして2週間練習参加するのと、実際にアーセナルの選手として登録されてプレーするのとでは全く別物でした。年齢が近いチェンバレンやウィルシャー、ラムジーは主力として試合に使われている。俺も成長しなきゃ、もっと上手くならなきゃって、あの頃は焦りばかり感じていた」

「タイプが違うのに、ロシツキーやエジルを真似したり」

 最も戸惑ったのはベンゲル独特の練習法だ。トレーニング時間の多くを占めたのが、通常より狭いフィールドで行う11対11のゲーム。敵と味方が密集する上に、「2タッチ以内」など制限がつけられる。しかも、そのルールは毎日細かく変更された。

「アーセナルはチームとして組織的にショートパスをつないで攻めるスタイル。ドリブルで相手を剥がす局面はあまりなくて、頭もフル回転させないといけない。どうすればこのパスサッカーに馴染めるのか、毎日毎日、練習に付いていくことに必死でした。全然タイプが違うのに、ロシツキーやエジルのプレーを真似したり。完全に自分の良さを見失っていました」

 下部リーグのクラブと対戦するカップ戦やリザーブリーグ戦での出場はあったものの、プレミアリーグやチャンピオンズリーグでは、お呼びがかからなかった。'11-'12シーズンの後半はボルトン、'12-'13シーズンはウィガンへレンタルで出された。

'13年9月のストーク戦。体調不良者が出たため当日急遽メンバー入りを知らされ、走ってスタジアムに向かった AFLO
'13年9月のストーク戦。体調不良者が出たため当日急遽メンバー入りを知らされ、走ってスタジアムに向かった AFLO

「エミレーツ・スタジアムのベンチやスタンドでばかり試合を見ていて。あの頃は、タッチラインの白線の先が、すごく遠くの世界に感じていました。俺がここで出場してもインパクトが残せるだろうかって、弱気になったりもした。だから今、白線のむこう側で当たり前のようにプレーしている冨安(健洋)くんはすごいですよ。

 この前、野球のWBC決勝前に、大谷翔平選手が『今日1日だけ、アメリカの選手に憧れるのはやめましょう』って言っていましたよね。あれって、すごく大事な考え方だと思うんです。僕はどこかでチームメイトのスーパースターたちに憧れていた。日本の高校から来た選手よりも、何十億円も使って獲得した選手を試合に使うんでしょって、勝手に考えていた。その時点で、ポジション争いには負けていますよね」

現監督のアルテタが宮市にかけた言葉

 そんな宮市を見かねて、声をかけてくれた選手がいる。かつての主将、現在は監督を務めるミケル・アルテタだ。

「リョウは本当に良い才能を持っているんだから、恐れずにやれよ。今のままじゃ、ここではやっていけないよ」

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photograph by Naoki Muramatsu
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