昨年のような「キャノン」が発射されることはなかった。それでも今年はリードで日本一の立役者になった。逞しさを増した正捕手がターゲットに定めたのは、球界を代表する内角打ちの天才、坂本勇人だった。(Number989号掲載)
バットが空を切り、坂本勇人はがっくりと右膝をついた。その瞬間、ホークスの選手たちがグラウンドに飛び出す。ラストシーンに描かれたのは、このシリーズを象徴するコントラストだった。
3割、40本。セ・リーグ最高とも言える打者に膝をつかせたのは誰だろうか。
抱擁、胴上げ、表彰、グラウンドでやるべきすべてを終えたあと、東京ドームベンチ裏の薄暗い通路を甲斐拓也が引き上げてきた。疲労の中に充足感が漂っている。
ひょっとしてあなたではないですか?
そう水を向けると、捕手は解放感とともに、この数日間の秘密を明かした。
「日本シリーズは7試合しかないと言われますが、僕からすれば7試合もあるんです。ひとりの打者の30打席目のことまで考えました。ピッチャーがよく投げてくれたので、うまくいったのかなと思います」
一瞬、ぎょっとする証言である。1試合平均4~5打席、7試合で30打席、およそ100球以上を紡いでいくシナリオを用意していたという。もちろん甲斐が言うのは相手の中心となる打者に対してである。
そして、最大のターゲットはひとり。
その名も終わったから明かせる。
「坂本勇人さんです。レギュラーシーズンやクライマックスの試合を見ても、丸さんや岡本が打って勝ってはいるんですけど、やっぱり全ては勇人さんなんです。シリーズが始まる前、あの人に対しての30打席を考えました。そうしたら、もし初戦の最初に何もしなかったら、あとで苦しくなるのは自分の方だとわかったんです。だったらこっちが先に仕掛けてやろうと」
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photograph by Nanae Suzuki