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国民的スターが“悲惨な丸坊主”に「髪を賭けたらおもしろい」抗議殺到、“敗者髪切りデスマッチ”でダンプ松本が仕組んだ「極秘計画」のナゾ 

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伊藤雅奈子

伊藤雅奈子Kanako Ito

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photograph by東京スポーツ新聞社

posted2026/10/30 17:03

国民的スターが“悲惨な丸坊主”に「髪を賭けたらおもしろい」抗議殺到、“敗者髪切りデスマッチ”でダンプ松本が仕組んだ「極秘計画」のナゾ<Number Web> photograph by 東京スポーツ新聞社

敗者・長与千種の髪をバリカンで刈るダンプ松本

 長与千種は、国民的女子プロレスラーとなっていた。

 ダンプ松本は、日本中を震撼させていた。

 そんなふたりが雌雄を決する1985(昭和60)年8月28日、大阪城ホール。「髪は女の命」と言われていた時代に、かほるは、長与と彼女に心酔するティーンエイジャーたちの心を攪乱させる“ダンプの影武者”影かほるの任を全うしなければならなかった。

影武者の存在は、トップシークレットだった

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 ちなみに、女子プロレスで初めて敗者が丸坊主になるルールが採用されたのは、1983(昭和58)年5月7日、川崎市体育館(現・カルッツかわさき)でおこなわれたジャガー横田とメキシコの覆面ウーマンであるラ・ギャラクティカによる、WWWA世界シングル選手権&マスカラ・コントラ・カベジェラマッチだ。ジャガーが負ければ丸刈り、ギャラクティカが負ければ覆面を脱ぐというルールで、ジャガーが惜敗。ジャガーは、丸坊主になった日本人女子プロレスラー第1号となった。

 決戦の日――。

 かほるは東京駅から新幹線に乗って、新大阪駅に到着した。大阪城ホールまではタクシーで向かったが、その姿は誰にも見られてはいけない。影武者の登場はごく限られた人にしか伝えられていないトップシークレットだったため、万が一の情報漏洩も許されなかった。

 会場入りしたあとは、控室に籠城した。そこで一気に大役を担う緊張感に襲われたが、控室から一歩も出ずに、竹刀を振る練習に没頭した。

 メインイベントの試合開始を告げるゴングが鳴った。〈つづく〉

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#2に続く
「若い女性アイドルが泣き叫び…地獄絵図」「抗議電話で中継番組が“打ち切り”」長与千種が丸坊主に、敗者髪切りデスマッチ直後の“緊急事態”
この連載の一覧を見る(#1〜3)

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