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国民的スターが“悲惨な丸坊主”に「髪を賭けたらおもしろい」抗議殺到、“敗者髪切りデスマッチ”でダンプ松本が仕組んだ「極秘計画」のナゾ

posted2026/10/30 17:03

 
国民的スターが“悲惨な丸坊主”に「髪を賭けたらおもしろい」抗議殺到、“敗者髪切りデスマッチ”でダンプ松本が仕組んだ「極秘計画」のナゾ<Number Web> photograph by 東京スポーツ新聞社

敗者・長与千種の髪をバリカンで刈るダンプ松本

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伊藤雅奈子

伊藤雅奈子Kanako Ito

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東京スポーツ新聞社

Netflix『極悪女王』のモデルにもなり、再び脚光を浴びている全日本女子プロレス興業。女子プロレスブームを巻き起こした“伝説の女子プロレス団体”は、なぜ37億円もの借金を背負い解散したのか――。

創業一族・松永4兄弟の姪、影かほるの視点から“知られざる真実”に迫ったノンフィクション『落城 実録 全日本女子プロレス「熱狂」と「極悪」の37年史』(伊藤雅奈子 著、宝島社)より、長与千種と極悪同盟・ダンプ松本が激突した「敗者髪切りデスマッチ」の章を抜粋して紹介します。《全3回の初回/第2回、第3回に続く》

◆◆◆

 松永兄弟のなかでもっとも商才に長けていた俊国は、東京都目黒区の武蔵小山で、ラ・セーヌというパブを経営していた。高校を1年足らずで自主退学したかほるは、同店に17歳から身を預けていた。

 5年ほどが経ったころ、2号店のクラブを出すことになった。場所は全女の事務所から徒歩で行ける下目黒で、ビルの地下2階。店名は、海賊。50~60人は一挙に収容できる大型店舗で、全面鏡張り。真っ赤な絨毯で、電話ボックスもあり、カラオケステージも完備していた。高級志向の俊国らしく、見るからに金がかけられた昭和バブルのロールモデルだった。

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「おまえ、この店の責任者としてやれるか?」

 俊国からの昇格命令に、22歳になったかほるは「やるよ」と即答した。

 かほるは幼少期から、大人になったら女子プロレスラーになれるものだと思い込んでいたが、両親の猛反対によって、その夢は潰えていた。この先、特にやりたいことがなかったため、水商売に舵を切るのも悪くないと思ったのだ。その日以降は新店舗の内見に何度も立ち会い、オープンの日を待つだけとなった。

「髪を賭けたらおもしろいんじゃねぇか?」

 そんな矢先――。

 1985(昭和60)年の初夏、松永家でサイパン旅行をした。身内以外ではダンプ松本、ダンプの妹・広美、ダンプの友人などが便乗した。かほるは3歳年上のダンプと一緒にプールで泳いだり、浮き輪を使って浮かぶなど、ラグジュアリーな余暇を満喫していた。その光景をプールサイドで見ていた高司が言った。

「なんだ、おまえら。双子みたいだな。どっちがどっちか、わかんねぇな」

 目端が利くダンプは、高司のひとことを耳にして、かほるにある提案を投げかけた。

「実はね、今度こういう試合があるんだけど。かほちゃん、ぼくのセコンドで“影武者”として出ない?」

【次ページ】 「髪を賭けたらおもしろいんじゃねぇか?」

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