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国民的スターが“悲惨な丸坊主”に「髪を賭けたらおもしろい」抗議殺到、“敗者髪切りデスマッチ”でダンプ松本が仕組んだ「極秘計画」のナゾ
posted2026/10/30 17:03
敗者・長与千種の髪をバリカンで刈るダンプ松本
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伊藤雅奈子Kanako Ito
photograph by
東京スポーツ新聞社
創業一族・松永4兄弟の姪、影かほるの視点から“知られざる真実”に迫ったノンフィクション『落城 実録 全日本女子プロレス「熱狂」と「極悪」の37年史』(伊藤雅奈子 著、宝島社)より、長与千種と極悪同盟・ダンプ松本が激突した「敗者髪切りデスマッチ」の章を抜粋して紹介します。《全3回の初回/第2回、第3回に続く》
◆◆◆
松永兄弟のなかでもっとも商才に長けていた俊国は、東京都目黒区の武蔵小山で、ラ・セーヌというパブを経営していた。高校を1年足らずで自主退学したかほるは、同店に17歳から身を預けていた。
5年ほどが経ったころ、2号店のクラブを出すことになった。場所は全女の事務所から徒歩で行ける下目黒で、ビルの地下2階。店名は、海賊。50~60人は一挙に収容できる大型店舗で、全面鏡張り。真っ赤な絨毯で、電話ボックスもあり、カラオケステージも完備していた。高級志向の俊国らしく、見るからに金がかけられた昭和バブルのロールモデルだった。
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「おまえ、この店の責任者としてやれるか?」
俊国からの昇格命令に、22歳になったかほるは「やるよ」と即答した。
かほるは幼少期から、大人になったら女子プロレスラーになれるものだと思い込んでいたが、両親の猛反対によって、その夢は潰えていた。この先、特にやりたいことがなかったため、水商売に舵を切るのも悪くないと思ったのだ。その日以降は新店舗の内見に何度も立ち会い、オープンの日を待つだけとなった。
「髪を賭けたらおもしろいんじゃねぇか?」
そんな矢先――。
1985(昭和60)年の初夏、松永家でサイパン旅行をした。身内以外ではダンプ松本、ダンプの妹・広美、ダンプの友人などが便乗した。かほるは3歳年上のダンプと一緒にプールで泳いだり、浮き輪を使って浮かぶなど、ラグジュアリーな余暇を満喫していた。その光景をプールサイドで見ていた高司が言った。
「なんだ、おまえら。双子みたいだな。どっちがどっちか、わかんねぇな」
目端が利くダンプは、高司のひとことを耳にして、かほるにある提案を投げかけた。
「実はね、今度こういう試合があるんだけど。かほちゃん、ぼくのセコンドで“影武者”として出ない?」
