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野球クロスロードBACK NUMBER
「プロはスター性のある選手だけじゃなくて…」東都大学野球“絶対王者の7連覇”を阻止した「いぶし銀のキャプテン」が挑む“プロ野球への道”
text by

田口元義Genki Taguchi
photograph byGenki Taguchi
posted2026/10/22 11:05
国学院大のキャプテンとして青学大の東都春シーズン7連覇を止めた赤堀颯。高校は福島の強豪・聖光学院の出身
Bチーム時代。練習試合で出場機会が少ないピッチャーが好投するも敗れ、全員で「援護できなくてごめん!」と、泣きながら頭を下げる。キャプテンとなった2年秋の公式戦前には「裏メンバー発表」と称し、ベンチ入りを逃した同級生全員に背番号を渡し、チームの結束を高めた。
監督に向かって「啖呵を切る」ことも
3年春の東北大会では、こんな一幕もあった。
監督の斎藤智也が、不甲斐ないピッチングをした2年生を「負けるから使わない」と突き放すなか、決勝戦を前に赤堀は「自分たちでかなり怒ったんでやってくれます。絶対に勝ちますんで投げさせてください」と啖呵を切る。チームは優勝を果たし「たいしたもんだ」と監督をうならせた。
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仲間の力を引き出し、チーム一丸で戦う空気を醸成する。それこそが、赤堀が持つ類まれなるキャプテンシーなのである。
目を細めていた斎藤を思い出す。
「うちのミーティングは長くて有名なんだけど、そのなかでも史上最も短かった代だよね。俺はチームの隙をなくすために細かいことを言い続けるんだけど、赤堀の代は『余計なことを言うのをやめよう』って思わせるくらい、成熟していたチームだったね」
横山から「全然ダメ」と突き放され、斎藤からも「力がない」とくぎを刺されてきたチームは甲子園で結果を残した。センバツで1勝、夏は聖光学院史上初のベスト4となった。日本一には届かなかったが、今も指導者たちから「最高の世代」と呼ばれている。
そんな赤堀が選んだ大学が、国学院大だった。

