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プロ野球PRESSBACK NUMBER
理系の秀才がなぜ“ドラフト会議の司会者”に?「台本読むだけなら、よそでやれ」ドラフト名物アナの下積み時代…あの声の原点はディズニーランドだった
text by

谷川良介Ryosuke Tanikawa
photograph byYuki Suenaga
posted2026/10/22 11:06
数々のドラマを生み出してきたドラフト会議。聞き慣れた“あの声”の主は…
仕事は野球にとどまらない。サッカー日韓戦の中継で、オープニングのナレーションを任されたときのことだ。わずか1分半の原稿を読むために、ディレクターは「日韓戦とは何か」を30分かけて関野に語り聞かせた。
「台本を読むだけならよその局でやってくれ、という感じでした。スポーツをちゃんと見る目を持て、と。根気よく育ててもらったんだと思います」
「ドラフトやる?」舞い降りたチャンス
そうして鍛えられた“目”を武器に、『プロ野球ニュース』は最終回まで、続く『すぽると!』は初回から最終回まで全うした。約25年、関野はフジのスポーツの声であり続けた。サッカーとの縁も広がり、1997年からは日本代表のスタジアムMCの仕事も舞い込む。それは、東京五輪開閉会式で日本語MCを務める大役へと繋がっていく。
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「全部、運とタイミングなんです。10年ずれていたら、どれも僕じゃなかったと思いますよ」
その「タイミング」が、もう一つ重なったのが2009年だった。この年、ドラフト会議は初めて一般のファンを会場に迎え入れることになった。かつてパンチョ伊東の名調子で知られ、その後はNPB職員が読み上げてきた指名の場に、観客を前にしても通用する“プロの声”が必要だった。
個人事務所でマネージャーを務める夫人が、食事中に電話を受けた。
「『ドラフトやる?』と言うんです。てっきり、菊池雄星くんとか有力候補の紹介VTRのナレーションだと思って。いいよ、やるやる、やりたい!って。そうしたら妻が戻ってきて、『違うらしいよ』と」

