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工藤公康のナゾ「なぜ猛練習を課すのか?」ソフトバンク記者が聞いた“真意”「自分と同じ失敗してほしくない」48歳で現役引退、中日新監督になるまで
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田尻耕太郎Kotaro Tajiri
photograph byJIJI PRESS
posted2026/10/16 11:00
来季から中日の監督に就任する工藤公康。写真は10月15日の就任会見
「『え!』と驚いた顔をしてもそれで終わり。だからやりましたよ。一日24時間あって、6時間寝たとして残り18時間。1時間に100回やれば1800回。いや、全然もっとやれるもんな。そうだよな、やればできるな、と。もちろん他の練習メニューもこなしながらですが、腹筋なんてテレビを見ながらだって出来ますから。その頃同時に運動生理学の勉強を始めたのです」
「選手には1年でも長く…」の真意
その結果、33歳になったシーズンでも年間200イニング以上を投げ、36歳の1999年には年間196奪三振のキャリアハイも叩き出した。そして最大筋力値は37歳の時に記録されたという。
「自分が長くやったのもある。自分が現役だった29年間の中で、志半ばでやめていく選手も沢山見てきた。だからこそ選手には1年でも長く、ユニフォームが着られるために必要なことを伝えていきたいと思っているんです」
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当時の“塾生”の代表格といえば、現在メジャーリーガーとなった千賀滉大だろう。育成ドラフトからスターダムへとのし上がった右腕は工藤ホークス1年目の2015年はまだ一軍先発ローテに定着していなかった。中継ぎとして活躍した時期はあったものの、この頃は将来を見据えて年間のほとんどをファームの先発の一角で研さんを積んでいた。
「やるか?」あの千賀滉大を育てた
工藤監督も「就任1年目はまだチームを“見る”1年間だった」と振り返っている。本格的に工藤カラーへとチームが染まっていくのは秋季キャンプからだった。
「2015年の秋。千賀も含めて、一軍と二軍を行ったり来たりするなどあまり出番のなかった選手を見出して、とにかく彼らを次の世代と考えて競争させるイメージを持っていたんです。燻るということはどこかが上手くいかないから。それを良くするためにはキツイことに取り組まないと。『こんなことまでやらなきゃいけないの?』と思うかもしれないけど、それを超えた時に違う自分が生まれてくる。
選手たちには正直に言いましたよ。選手が気持ちいいことだけをやってて上手くなるって、そんな都合のいい話はありますかって。『君たちは、能力は持っている。このチームの中でやってもらわなきゃいけない人間だ。でも、そのためには体を強くしなきゃいけない、鍛えなきゃいけない、力を上げていかなきゃいけない。そうじゃないと上(主力)の選手にチャレンジはできないよ。やるか? やるんだったら来年チャンスをあげるよ。でも、トレーニング厳しいよ』と。それでやりますと答えたメンバーを集めて、最初は始まったんですよね。それだけ鍛えるから、それまで知らなかった自分になれる。怖じ気づいて、僕はいいですって選手もいましたよ。やる気がないのにやっても意味はないですから」
あの2015年秋、千賀は「毎朝、全身が筋肉痛でベッドから起き上がれなかった」と苦悶の表情で唸るように話していた。


