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青森山田でもJクラブでもなく「3年で商品価値を上げる」小学5年生逸材を“宮城の街クラブ”が発掘→加入…元天才MFが三井寺眞と両親を口説けたワケ
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生島洋介Yosuke Ikushima
photograph byMasashi Hara/Getty Images
posted2026/10/30 17:01
16歳の三井寺眞を小学校時代に見出した財前宣之とフォーリクラッセ東北は、その環境が大きく変わりつつある
三井寺が6年生になった年には、2期生が早くも高円宮杯東北大会を制し、東北王者に輝いていたのだ。チームを引っ張った俊足レフティの針生涼太は、その後清水エスパルスユースに進み、昨年トップ昇格を果たしてフォーリクラッセのプロ第1号となっている。
「俺の熱意にかけてくれたっていうのは少しあると思います。選手時代のことは知らなかったと思いますが、どういう人間、クラブなのか調べてくれて。おそらくJクラブや青森山田中、JFAアカデミーなど東北全体から声がかかるなか、街クラブのうちを選んでくれたんです」
東北で一番強いチームでやりたいです――三井寺はこう言って、フォーリクラッセ入団を決めたという。
ひとりの逸材がクラブの未来を変えた
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ただし、財前のクラブにはひとつ大きな課題もあった。
三井寺が自宅のある青森から拠点の仙台へ通うことは不可能。もちろん、両親が引っ越して来られるわけもない。だが、創立5年目のクラブには県外の中学生を受け入れる寮などなかった。
「どうしても眞に来て欲しかったので、中学校と寮をスタッフ総出で探しました。いくつもハードルがありましたが、学校と寮長とクラブの三角形で見守る体制がなんとか整った。中学生を預かるというのは未知のことだったけど、それだけ育てたい選手だったし、クラブも大きくなりたくて、覚悟を決めました」
この決断は、クラブの未来も変えることになる。三井寺の活躍に引き寄せられるように有望株が集まり、県外から寮に入る選手も増えた。今やその数は20人を超え、トップからサード、U13まで全チームが最上位リーグで戦っている。「フォーリクラッセ仙台」だったクラブ名も今年4月に「フォーリクラッセ東北」へと変更した。
「3年間で商品価値を上げる」「爪痕は残せ」
「3年間で“商品価値”を上げる」
こう約束した財前の目指すクラブ像は明確だ。彼の言葉を借りれば「セレクトショップ」である。自分が心を動かされた様々なタイプの選手を預かり、自分のネットワークやセンスを駆使して育て上げ、出口となるユース年代のショーケースに並べる。卒団時の進路を縛られないからこそ、選手たちには“助っ人”になれと説いている。

