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巨人ガルベスでも阪神メッセンジャーでもない…“史上最も勝った”外国人投手とは?「スラリと手足が長く、少し猫背」野村克也も落合博満も絶賛した男
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太田俊明Toshiaki Ota
photograph byKYODO
posted2026/09/18 06:00
台湾出身の郭泰源。1984年11月、西武の入団会見
郭がデビューした1985年に、打率.367、本塁打52、打点146という記録的な成績で2度目の三冠王を獲得した落合(当時ロッテ)は、ロッテ最終年となる翌86年も連続三冠王と全盛期にあったが、郭には12打数1安打、打率.083と抑え込まれており、「スライダーが速かった。クリーンナップにだけ本気で投げるんだよ」とぼやいている(「落合博満のオレ流チャンネル」)。
85年の郭は、6月4日の日ハム戦でノーヒットノーランを達成するなど新人王に名乗りをあげる活躍だったが、シーズン半ばで肩を痛めて離脱し、結局登板15試合、9勝5敗、防御率2.52に終わった。
筆者は見た…無名時代の郭泰源
実は、郭が高校を卒業して合作金庫に入って間もない1981年の12月、筆者はまだ無名だった郭が台中の球場で東京大学を相手に投げるのを目撃していた。この年の東大は、春の東京六大学野球リーグで早稲田、慶応から勝ち点をあげて4位になり、シーズン6勝の「赤門旋風」を巻き起こしたご褒美もあって、その年の冬に台湾に遠征したのだった。
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台中の球場でのナイトゲーム。うす暗い照明の中で、試合途中でリリーフに登板した若い投手の球の速さに、内野席で見ていた筆者は仰天した。照明の暗さも手伝って、ほとんど球が見えない。この球をどうやって打つのだろうと注目していたが、東大打線はなんとかバットには当てていた記憶がある。ボテボテのピッチャーゴロが飛び、それを処理した動きの素早さも強く印象に残った。試合後に、その投手の名が郭泰源であると知った。
この試合に東大の主将、3番遊撃として出場した大久保裕さんが、現在東大野球部の監督を務めているので神宮球場で話をきいた。大久保さんも郭のことは知らなかったが、球が異常に速い投手がリリーフで出てきて2回ほど投げたことは覚えているという。
熊坂という普段は代走で起用されることが多い選手が代打に出て、ライト前にヒットを打った。ベンチに戻ってきて「よく打てたな」と言ったら「普段は、チャー、シュー、メンで打つけど、今日はチャー、シューで打った」と答えたという。

