野次馬ライトスタンドBACK NUMBER
「あいつはね、長嶋さんなんだよ」日本ハム元GM高田繁が新庄剛志を絶賛するワケは…「俺だって聞いてないからね。ひっくり返ったよ」
text by

村瀬秀信Hidenobu Murase
photograph byKoji Asakura
posted2026/09/14 17:26
2006年の優勝パレードでファンに手を振る新庄剛志
2005年は5位になった。オフになって手は打ったよ。前年二軍の投手コーチに招聘していた佐藤義則を一軍に昇格させた。あとは、打撃コーチに淡口憲治、外野守備走塁コーチに平野謙に来てもらったのかな。
佐藤義則は大酒飲みなんだけど、コーチとしては一流の男や。二軍で若い選手の育成をしてもらうために、二軍内野守備コーチの福良淳一と一緒に来てもらったんだよね。
「新庄にはじまり新庄に終わるという感じやったな」
佐藤もヒルマンの投手の球数制限を設けた練習のやり方には違和感を持っていて、やり方を改めるようにお願いしていたらしい。就任以来、投手成績がずっとよくなかったからね、ヒルマンも危機感を持っていたのか、佐藤コーチの要望を受け入れてくれた。
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シーズンの終盤には、5年連続二桁勝利が懸かった試合で勝利投手目前に降板させられた金村曉が監督批判をしただろ。GMとして処分しなければならなくなったけど。選手にとってヒルマンとの日米の野球観の違いは、受け入れられた人もいれば戸惑う部分も少なからずあったと思うよ。
それでも、日本の野球を研究してそこに適応しようとしたヒルマンはよくやってくれた。何より、勝つことで証明してくれたんだから。2006年に優勝してね。
しかし、2006年の優勝は、新庄にはじまり新庄に終わるという感じやったな。

