- #1
- #2
相撲春秋BACK NUMBER
40kg減量で激変!パーソナルトレーナーに転身の元力士が明かす現役時代の“壮絶食生活”「500kcalドリンクを流し込み、焼肉→ラーメン→おにぎり…」
text by

佐藤祥子Shoko Sato
photograph by左:本人提供/右:Keiji Ishikawa
posted2026/09/07 17:00
力士時代の雷鵬氏(左)、現在はパーソナルトレーナーに転身し、力士時代を振り返った(右)
大横綱がいる部屋しか考えられなかった
卒業後は日体大相撲部で汗を流した。アマチュアでは階級別の大会があり、軽量級選手として1、2年時に連覇し、日本一に輝いた。卒業後は一時、静岡県焼津市で就職し、会社社長の薦めもあって、実業団選手として登録していたという。
「でも、ちょうどコロナ禍の時期でもあり、なかなか相撲ができる環境ではなかった。自分でもどんどん感覚が衰えていくのがわかるんですね。『大学を卒業したばかりのこの時期に、何をやっているんだろう。もったいないな』『このまま会社員で終わっちゃうのかな』と……。相撲に対しての思いを我慢したことで、『相撲を本気でやりたい』と葛藤するようになったんです」
高校時代の相撲部監督が横綱白鵬と懇意でもあり、高校時代には少年相撲大会『白鵬杯』を手伝った縁もあった。2021年7月、宮城野部屋に入門を決意する。
ADVERTISEMENT
「白鵬さんという大横綱が育てた小兵の石浦関(元幕内・現間垣親方)、炎鵬関がいて、僕は白鵬さんがいる部屋しか考えられませんでした。特に炎鵬関は僕と身長がほとんど一緒なんです。この部屋なら間違いない、と思ったんですよね」
食べるのが一番辛かった
入門後4場所で幕下に駆け上がったが、その後は勝ち越し負け越しを繰り返す。最高位は幕下43枚目に終わった。
「幕下はレベルがもう段違い。体のサイズはもちろん、技術や精神面もですね。あと一歩で関取になれる人ばかりですから、何度も跳ね返されて、めちゃくちゃ伸び悩んでしまったんです……」
入門当時の体重は80kg。100kgの大台に乗るまでに約2年を要したという。
「とにかく相撲界は『飯を食え、飯を食え!』の世界。増量が自分の一番の課題で、もう毎回、喉元まで詰め込む感じでした。食べるのが一番辛かったですね。相撲界のちゃんこは昼と夜の1日2食ですが、僕の場合は5、6食食べていました。朝稽古を終えてのちゃんこ、昼寝を終えてトレーニングをする前に食べ、夕方のちゃんこの後にも自分でおかずを作って白米をかき込んでみたり、サウナに行って焼肉食べて、その後にラーメン。夜中の1時にもおにぎりを食べる。まったくお腹がすいてないのにですよ(笑)」


