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「工藤の希望したコーチを俺が断ったって報道されているけど…」元GM・高田繁が明かすDeNA初代監督人選の真相「落合がいくら監督として優秀だと言っても」
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村瀬秀信Hidenobu Murase
photograph byJIJI PRESS
posted2026/09/08 17:53
監督就任を発表し、撮影に応じる中畑清監督(左)と高田繁GM(右)
誰に現場を任せるか。これはチーム作りのすべてに関わる決断だよね。いくらいい戦力を揃えても、それを使う人間を間違えたら台無しになる。
「原辰徳や星野仙一のような全権型監督は外れる」
これは梨田(昌孝)の時もそうだったけど、まずはその球団の色に合う人だよ。大前提として「DeNAはGM制度を敷く」という部分に理解を示してくれる人でなければならない。そうなると、原辰徳や星野仙一のような全権型監督は外れる。あとはDeNAは野球界に参入してこれからやっていくんだ。勝つことは一番大事だけど、勝つのと同じぐらいマスコミ対応、ファン、選手との関係をうまく構築していける人じゃないといけない。落合博満がいくら監督として優秀だと言っても、あの当時のベイスターズには絶対に合わないよ。
そうやって候補を考えていくと、これまでの日本の監督像とは違ってくる。俺が監督になった若い頃の常識のままだったら「ごちゃごちゃ言ってくるフロントなんて放っておけ。俺が監督なのに、いちいちそんなこと言うな」って言ってたかもしれないよね。
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だから監督としてまだ色のついていない、若くて、これからの人が候補になる。そして野球をわかっている人。最初に候補にしたのは工藤公康だよ。ベイスターズのOBでもあるし、前年に西武を退団して、引退はまだしていなかったのかな。交渉はまとまりかけていたんだけどね。世間では工藤の希望したコーチを俺が断ったって報道されているけど、そうじゃない。契約には双方のいろんな事情があるんや。最後の段階で合意できなくてね、契約には至ることができなかった。
これはまずいとなった。時間がなかったからな。DeNAが正式に球団を持ったのがもう12月に入ってからだ。普通は9月頃から監督人事は動いて、シーズンが終わってすぐに2ヵ月ほどの準備期間がある。それがない。いきなり12月になって「監督をお願いします」だ。それが破談になった。《第3回につづく》
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