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“甲子園優勝候補だった”山梨学院の誤算「主力4人が夏に復帰したが…」吉田洸二監督が明かす「落とし穴があった」絶対王者はなぜ地方大会で敗れたか?
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谷川良介Ryosuke Tanikawa
photograph bySankei Shimbun
posted2026/08/26 11:00
今夏、県大会で敗れ甲子園出場を逃した山梨学院。写真はうなだれる菰田陽生
吉田 実は、左腕の檜垣の状態がよくなかったんです。公にはコンディション不良としましたが、それは対戦相手に「投げるかもしれない」と思わせたかっただけで、実際のところ間に合っていなかった。檜垣は気の毒で、センバツ前の疲労骨折から、復帰に向けて頑張りすぎちゃって、キズが広がったんですよ。復帰が夏まで長引いてしまった。檜垣の不在、菰田のアクシデントがあったなか、センバツは木田と2年生の渡部(瑛太)の2人の左腕が頑張ってくれたことが収穫でした。とくに渡部は大会中に急成長し、その後の関東大会もすごくいい投球をしました。ただ、その渡部も夏の山梨大会を前に足を肉離れで離脱。よくなるがゆえの肉離れといいますか、出力が上がりすぎたんですよね。
7月に4人復帰…「落とし穴があった」
――春季大会の後、「最後のひとり」木田投手も欠場しています。
吉田 木田も関東大会の前に疲労骨折していたんです。もともと彼は喘息持ちで、走り込みをそこまでやらせていなかった。アップも別でやっていたくらいの時もありました。ただ、喘息がだいぶよくなり、本人もメキメキ自信をつけて、頑張っていた矢先の疲労骨折でした。木田も離脱。渡部も離脱。世間には言わなかったけど、対戦した高校は投げてこないからみんなわかっていたと思います。
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――春先に投手を“4枚”も欠いていたということですか。
吉田 しかも、4人とも7月に戻ってくるという状況。ぶっつけ本番です。さらに、菰田とクリーンアップを組む2年生の杉村(空飛)と1年生の倉田(雄星)までもがケガで実戦を離れていた。こんなことは監督人生で初めてでした。ここまで選手のケガで苦労したことはなかったものですから。
――ただ、夏の山梨大会ではいずれもメンバー入りを果たしています。
吉田 まさにそこに“落とし穴”がありました。

