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「正直、野球を辞めるという選択肢も」阪神”元エース候補”西純矢の告白…なぜドラ1投手は野手転向で育成契約を受け入れたのか? 背中を押した大先輩の言葉
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佐井陽介Yosuke Sai
photograph byAsami Enomoto
posted2026/08/24 17:21
背番号120のユニフォームを身につける阪神“元エース候補”の西純矢
それほどの有望株が24歳の若さで野手転向を余儀なくされたのである。高校通算25本塁打、U-18W杯の本塁打王という肩書を持つ打力には以前から定評があったとはいえ、いくらなんでも展開が速すぎる。その舞台裏にはやはり、第三者には計り知れない苦悩と理由が存在した。
「リハビリがなかなかうまくいかなくて……。手術してから思うようなボールを投げられなくなって、『もう無理だ』と諦めたくなった時期もありました」
思い出したくない記憶なのだろう。彼は珍しく眉間にしわを寄せて、ぽつりぽつりと懸命に言葉を紡ぎ始めた。
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'25年2月、右肘にメスを入れた。手術の直前はもう、車を運転している最中、ハンドルを握る右手の肘が突然ロックされて曲げられなくなる状態だった。
手術当日はまだ希望に胸を膨らませていた。痛みや痺れがなくなれば、きっと100%を取り戻せる――。だが、そんな前向きな感情は4カ月後、キャッチボールを再開して間もない初夏の頃には完全に消え去っていた。右肘に溜まっていた大量の骨片を除去した影響なのか、投球時の感覚に大きな狂いが生じていたのである。
「腕に力が入らないし、スピードも全然出ない。自宅から球場に向かうのも嫌になるぐらいで……。ストレスを紛らわそうと食べ過ぎてしまった時期もありました」
背中を押した西勇輝の言葉
ブルペンでどれだけ目一杯に腕を振っても、最速155kmを誇った直球が130kmとしか表示されない。シーズン中に見込まれていた実戦復帰も頓挫した。そんな風に絶望の淵に立たされて久しいタイミングだったからだろうか。球団から野手転向案を告げられた際も、もはや反論できるだけの材料を持ち合わせていなかった。
とはいえ、元ドラ1で一時は先発ローテの中核を担いかけていた投手が野手に転向するとなれば、極めて稀なチャレンジとして注目を浴び、小さくはない重圧とも戦わなければならない。どれだけ周囲に相談しても、簡単に結論は出せなかった。
「投手にこだわりたい気持ちもありました。でも冷静に肘の状態を考えれば、仮に他球団に拾ってもらえたとしても、いきなりバンバン投げるのは難しい。一方で打者に転向するにしても、投手として立つ打席と野手のそれとでは全然違うだろうし、守備や走塁も学生レベルでは通用しない。正直、どちらの不安もあって……」
投手か野手か。それとも現役引退か。最後に背中を押してくれたのは、チームの大先輩で遠縁でもあるベテラン右腕、西勇輝から受け取った言葉だった。
【続きを読む】サブスク「NumberPREMIER」「彼には背中を見せたい相手がいる」西純矢が抱いた“野手転向”への葛藤と先輩の「お前は恵まれている」の重さ《阪神タイガースの元エース候補》で、こちらの記事の全文をお読みいただけます。
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