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「正直、野球を辞めるという選択肢も」阪神”元エース候補”西純矢の告白…なぜドラ1投手は野手転向で育成契約を受け入れたのか? 背中を押した大先輩の言葉
posted2026/08/24 17:21
背番号120のユニフォームを身につける阪神“元エース候補”の西純矢
text by

佐井陽介Yosuke Sai
photograph by
Asami Enomoto
発売中のNumber1149号に掲載の[ドラ1野手転向の舞台裏]西純矢「最速130キロに別れを告げて」より内容を一部抜粋してお届けします。
阪神“元エース候補”の現在地
どす黒い曇り空に割れ目ができ、強烈な西日が差し込んできた。どうやら近畿地方では間もなく梅雨が明けるらしい。
「実は今日、関東に住んでいる弟が試合を見に来るんです」
彼は夏本番の季節到来を先取りするかのように、カラッと晴れやかな笑みを浮かべてナイターの準備を急いだ。だいぶ体が絞れた影響もあるのだろうか。球場に向かう足取りは以前と比べて軽やかに映った。
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7月7日の夕刻。兵庫県尼崎市内にある阪神電鉄の大物駅から縦じまのユニホームが行列を作っていた。徒歩5分先には阪神の二軍本拠地がある。この日の広島戦では左手首を骨折していたリードオフマン、近本光司の実戦復帰が見込まれていた。
午後6時、プレーボールが告げられた。同じ時間帯に東京ドームで一軍の巨人――阪神戦が開催されているというのに、尼崎の内野席は2829人の観客でパンパンだ。報道陣の人数も優に40は超えている。
ただ、現実は時に残酷だ。弟も駆けつけた七夕の夜、西純矢は試合開始から終了までの2時間43分の間、一塁ベンチから声を嗄らし続けるしかなかった。近本の一挙手一投足に拍手が沸き起こるたび、舞台に上がれない体がうずく。すっかり細くなった背中では横幅が狭くなった分、2桁から3桁に膨らんだ番号が余計に目立っていた。
彼が背負う番号はもう15ではない。
背面いっぱいに広がる120という数字が、まるで重しのように幅を利かせて、元エース候補の現在地を主張していた。
辞めることまで考えたオファー
西純矢、野手転向――。昨秋に突如報じられたニュースは一様に驚きを持って受け止められた。しかも支配下登録を外れ、育成契約に降格する。水面下で打診された際、本人もさすがに即答はできなかったという。
「1週間は悩みました。正直、野球を辞めるという選択肢も考えました」
無理もない。彼はほんの2、3年前まで将来を嘱望される右腕だったのである。
その経歴は煌びやかだ。岡山の創志学園高校で2年生エースを任された2018年夏、甲子園の1回戦で16奪三振の完封勝利を飾って一躍脚光を浴びた。3年時は大船渡の佐々木朗希(現・ドジャース)、星稜の奥川恭伸(現・ヤクルト)、横浜の及川雅貴(現・阪神)との投手4人で「高校BIG4」と騒がれた。'19年秋のドラフトで阪神に1位指名されると、高卒2年目の'21年には早くもプロ初勝利を記録した。翌'22年は先発で6勝をあげ、'23年には日本シリーズ登板も果たしている。

