甲子園の風BACK NUMBER
池田高校の名将・蔦文也「酒臭い息を吐きながら、上半身裸でノックを…」親交のあった編集者が語る“知られざる素顔”「町の人たちは面白がって見ていた」
posted2026/07/29 11:02
甲子園で自らノックを行う池田高校の蔦文也監督
text by

近藤雅人Masahito Kondo
photograph by
AFLO
刊行に際し、生前の蔦監督と親交が深く、当時の著作の担当編集者でもあった近藤雅人氏が、本作への率直な思いを明かした。【全3回の最終回/第1回、第2回も公開中】
◆◆◆
2001年4月30日、蔦文也氏の葬儀が執り行われた後、二人の恩師としみじみと酒を飲み交わす幸運に恵まれた。二人とは、池田高校野球部の元部長、元木宏氏と白川進氏である。元木氏は池田高校野球部が甲子園に初出場した71年夏に、蔦氏を強力にサポートした。白川氏はさわやかイレブンと呼ばれた74年春の準優勝時に部長を務め、その後も蔦氏を縁の下から支え続けた。二人は、全国を席巻した蔦ブームの事実上の生みの親、プロデューサーとも言うべき存在。その夜、お二人は東京から葬儀にかけつけていた私をねぎらって一席もうけてくれたのだった。
「お前にはよく吊し上げられたからなあ」
池田高校の卒業生である私は、編集者を生業としており、蔦文也氏の著書である『攻めダルマの教育論』の刊行に携わった。実は、私は在学時、新聞部に在籍していたのだが、元木氏と白川氏はその頃、野球部のかたわら新聞部の担任部長も歴任していた。当時は、全国的に高校生紛争が吹き荒れた時代。田舎の高校生であった私も御多分に漏れず時代の波に洗われ、お二人を悩ませたという前史がある。元木氏などは、今も通りで私を見かけると、「お前にはよく吊し上げられたからなあ」と言ってニヤリと笑う。こちらは俯くばかりだ。
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白川氏も元木氏も国語教師で文学好きという共通点があった。白川氏は太宰治や葛西善蔵といった破滅型の私小説の愛読者。元木氏は県会議員を長く務めた人物で典型的な清濁併せ飲むタイプなのだが、超多忙の中、短歌をたしなむという繊細な一面もある人物だ。二人は戦後のデカダンス期に、青春時代を過ごしたという点でも似通っている。
30年ほど前、蔦氏の回想録を編集しようと、蔦氏に縁のある方々を訪ね歩いて、あちこちで話を伺った。旧池田町には、お二人のような懐の深い人物が大勢いて、妙な感動を覚えた。みな戦中戦後を生き抜いてきた方々で、どこかアナーキーな雰囲気が漂う。教師であったり町の有力者であったり、社会的な立場のある方々ばかりなのだが、どこかで世の常識を疑ってかかっているようなところがあって、人間的な魅力に溢れているのである。

