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池田高校の名将・蔦文也「酒臭い息を吐きながら、上半身裸でノックを…」親交のあった編集者が語る“知られざる素顔”「町の人たちは面白がって見ていた」 

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近藤雅人

近藤雅人Masahito Kondo

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posted2026/07/29 11:02

池田高校の名将・蔦文也「酒臭い息を吐きながら、上半身裸でノックを…」親交のあった編集者が語る“知られざる素顔”「町の人たちは面白がって見ていた」<Number Web> photograph by AFLO

甲子園で自らノックを行う池田高校の蔦文也監督

「酒臭い息を吐きながら、上半身裸でノックを…」

 蔦氏自ら著書で語っているが、蔦氏は長年、甲子園に出られず、鬱憤が募るあまり池田の町を飲み歩いて、あちこちで悪態をついていた。そのような蔦氏を、しょうがない男だな、とあきれつつ、池田の町の人たちは、どこか面白がって見ていた。

 特攻隊くずれで、プロ野球くずれ。蔦氏には、やさぐれた一面があって、心の内にどこか大きな空白を抱えているかのような哀愁感が漂っていた。が、いざ野球となると、黙々とひとりグラウンドを整備し、ノックで選手たちを鍛え上げる。一途なまでに思い詰めているのだが、酒臭い息を吐きながら上半身裸でノックバットを振る足元には、ビール瓶が転がっていたことすらあったと語り継がれている。「あれは蔦はんのお祭りや」と、同僚の先生たちも面白がって見ていたと、白川氏が話すのを昨日のことのように思い出す。

 坂口安吾が描いたような戦後の、肯定感と虚無感がないまぜになった巨大なエネルギーが、中央から遠く離れた四国の小盆地に3万人ほどの町民がひしめき合って暮らすという土地柄ゆえか、旧池田町には昭和40年代頃まで保存されていた。それが地方の一公立高校を野球名門校に押し上げる原動力になったという見方は、うがちすぎだろうか。

徳島に根付く“天下狙いと挫折”の伝説

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 実は、阿波の西部は、天下を狙って挫折した者たちの伝説にこと欠かない。池田から草深く入って行くと、平家の落人で有名な祖谷という地域がある。反骨心に満ちていて、徳川時代、阿波に進駐してきた蜂須賀の軍勢が年貢をとるのに難儀したという記録が残っている。

 池田の町並みの川向こうには、白地という孫氏の兵法上重要な地がある。ここには戦国時代末期、四国平定を狙う土佐の長曾我部元親が一大根拠地をおいていた。そのあたりの事情は、司馬遼太郎の『街道をゆく 阿波紀行』『夏草の賦』に詳しい(余談だが、長曾我部元親は美男子であったと伝えられ、歴女と呼ばれる歴史ファンの女子に近年、超人気だ)。さらに池田から東には、三好長慶を出した三野(三好市)という地もある。三好長慶は、織田信長が上洛する前の京都の支配者で、日本史上初の天下人であったとされる。近年の歴史研究でにわかに脚光を浴びている人物だ。信長は実は、この長慶の真似をして天下取りを試みたにすぎないらしい。

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