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「千年分の苦労を引き受けた」“任務”を終えた常盤山部屋おかみが振り返る、波乱に次ぐ波乱の日々…元横綱貴乃花からの電話に「ただただ呆然」 

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佐藤祥子

佐藤祥子Shoko Sato

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photograph byTakashi Shimizu

posted2026/07/24 11:01

「千年分の苦労を引き受けた」“任務”を終えた常盤山部屋おかみが振り返る、波乱に次ぐ波乱の日々…元横綱貴乃花からの電話に「ただただ呆然」<Number Web> photograph by Takashi Shimizu

仲睦まじい常盤山親方と、おかみのルミコさん

「うちの親方は『おかみに背中を押されて引き受けた』などと言いますが、決して私が背中を押したわけでもないんですよ(笑)。親方は師匠として部屋を持つ資格はあったけれど、若い頃から『部屋付きの親方としてやっていこう』と言っていたんです。でも、この時の電話では、本題に入る前にさんざん『みんな可哀想だよね。このままじゃ大変だ。お相撲さんたちの居場所が無くなるって本当につらいことだよね』『可哀想、可哀想だ』と、もう10回くらい言っていたんです。『で、どう思う?』と訊かれ、私も昔お世話になっていた(旧)二子山部屋が無くなる場合を想像してみたら、他人事ではないと思えた。『うん。(部屋を継承しても)いいんじゃないかな』と言ったんですね。『見て見ぬふりをしてはいけない』『ここは頑張らなきゃ』と思えたんです」

 常盤山を名乗っていた夫は、急遽、年寄名跡を交換し、千賀ノ浦親方として部屋を継承することが決まった。相撲部屋の大前提として“師弟同居”が必須なのだが、台東区浅草近くにあった千賀ノ浦部屋には先代師匠家族が住んでいる。幸い、夫が単身で住むスペースはあるものの、新しくおかみとなるルミコさんが同居するのは物理的に困難だった。

「『そうか、うちの親方と別居になるんだ』とは、後々になってわかったんですよね(笑)。自宅は都内でも少し離れた場所にあったので、私は浅草にワンルームマンションを借り、千賀ノ浦部屋に通うことになったんです」

まずはトイレ掃除だ!

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 ルミコ夫人は、まず『力士名鑑』でひとりひとりの顔と名前を覚えたという。

「部屋のみんなと初めて顔を合わせた時、一番年上の兄弟子に、『どこかの部屋に移籍になるなら、ほとんどみんなもう相撲を辞めようと思っていた。自分らのために来てくれてありがとうございます』と言われたのが忘れられません……」

 当時の力士たちからは、どこか「覇気のなさ」を感じ取り、師匠が代わることへの不安もあるのか、目標や希望を失っているようにも、ルミコさんの目には映った。

「なんとかもう一度、相撲に集中して上を目指してもらいたい。私なりに何ができるか、と考えた時に、まずはトイレ掃除だ! と。トイレを綺麗にすると“気”がよくなると、よく言われていますよね。自分の覚悟としても『大切な弟子たちのトイレを掃除できないと、おかみさんと呼んでもらえる資格がないんではないか?』とさえ思っていたんです」

 ワンルームマンションから通う“新米おかみ”生活は、まずはトイレをピカピカに磨き上げることから始まったのだ。

 浅草にある小さなもんじゃ焼き屋での食事会で親睦を図り、その後のカラオケ大会も恒例となった。

【次ページ】 第一回カラオケ大会の優勝者は…

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