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夫から”ドラえもんのような笑顔”が消えた…常盤山部屋おかみの知られざる苦闘の日々「おかみさん、怖いです…」屈強な関取が漏らした本音
posted2026/07/24 11:02
大関昇進を遂げた貴景勝(中央、現湊川親方)。右が常盤山親方(当時は千賀ノ浦親方)、左がおかみのルミコさん
text by

佐藤祥子Shoko Sato
photograph by
JIJI PRESS
今年、常盤山親方(元小結・隆三杉)が日本相撲協会の定年65歳を迎えたことに伴い、常盤山部屋は湊川親方(元大関・貴景勝)に継承された。おかみさんとして常盤山部屋を支えたルミコ夫人が、波乱の日々を振り返る。2018年、常盤山親方(当時は千賀ノ浦親方)のもとに、相撲協会を電撃退職した元横綱貴乃花から電話がかかってきた。その内容は、「貴乃花部屋の力士、裏方全員を千賀ノ浦親方の部屋で受け入れてほしい」というものだった(全3回の2回目/第1回、第3回も公開中)
”ドラえもんのような笑顔”が消えた夫
継承後2年半の月日のなかで「新・千賀ノ浦部屋」としての体制も整い、隆の勝が幕内昇進する慶事もあった。笑顔の絶えない“隆三杉流”のアットホームな雰囲気を育んでいた矢先のことだった。
あまりに急な展開と、その責任の重さに常に“ドラえもんのような笑顔”を携えている夫からは、さすがに笑顔が消えた。それでも2年半前に急遽、千賀ノ浦部屋を継承した時のように「お相撲さんたちの行き場所が無くなっちゃうのは可哀想だよね」という親方に、ルミコ夫人は答えた。
「そうだね、行き場所、居場所が無くなることは辛いだろうね……。親方、大丈夫だよ! なんとかなるよ!」
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そしてマスコミが騒ぐなか、受け入れ準備もそこそこに、のちの大関貴景勝(現湊川親方)、幕内力士だった貴ノ岩をはじめ、10名の力士と裏方が不安げに移籍してきた。
「親方も私も、なんでも標語にして貼り紙をしてみたり、ことあるごとに言葉にして書くんですよ」とルミコさんは言うが、この時の親方は、「どの子も我が子」と色紙にしたため、この一言に自身の想いを集約させていた。
ふたつの部屋がひとつとなり、慌ただしいなかで迎えた11月の九州場所。貴乃花親方の愛弟子だった小結貴景勝が初優勝を遂げる。誰もが興奮冷めやらぬなか、この九州場所後の巡業中に事件は起こった。
常に笑顔のルミコさんの表情が、少しだけ曇った。
「信じられない数のマスコミの方が部屋を取り巻いていて、異様な混乱状態でした」

