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「母と2人、レンタカーで全米を回って…」高校日本一の19歳が“日本の超名門大を中退”で「保証はゼロ」のトライアウトに懸けたナゼ「自分の道筋が…」
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北川直樹Naoki Kitagawa
photograph by本人提供
posted2026/07/07 11:01
現在、米NCAA1部のラマー大学のアメフト部で活躍する吉川大紀。一時は日本で早大に進学したが、「夢」を追いかける道を選んだ
突然の帰国…意外にも「圧倒された」日本での部活
その年の10月に帰国して、秋編入の高校1年生として佼成学園に入学。アメフト部のグラウンドに行った初日、意外なことに吉川は周囲のレベルに圧倒された。アメリカで身につけてきたものが、全く通用しなかったのだ。最初にプレーすることになったランニングバックの順列では5、6番手。シーズン中の難しいタイミングでの加入だった。
「身体能力では、スピードだったり、体力面では勝負できるところはありました。でも、細かいプレーでは圧倒されていましたね」
日本の高校界のトップチームである佼成学園は、組織として成熟していた。スクリプトが決まっている。ミーティングが組まれている。テキパキと決められたことをこなす。練習以外にも徹底したミーティングがある。これは、米国にはない緻密さだったという。また、アメリカではあまり意識することがなかった先輩との上下関係も日本にはあった。
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転機は翌年の春に来た。監督からLBへの転向を打診されたのだ。アメリカで経験したポジションのひとつでもあり、自信はあった。LBとして1本目に上がったのは2年目の春大会から。そこで自信が確信になったと、本人は記憶している。
そこからは順風満帆な高校生活だったと言っていい。
高校日本一を決めるクリスマスボウルには3年連続で出場し、3年目には佼成学園の2年ぶり5回目の全国優勝にも貢献を果たした。
その一方で「NFLのLBになりたい」という夢はもちろん抱き続けていた。そのためには、米国の強豪大学で活躍することが前提条件に近い。
高校2年生の春頃から、NCAA1部の大学のコーチやリクルート担当のメールアドレスをエクセルに整理し、何度も何度も同じ宛先にメールを送り続けた。文面を変え、近況を加え、ハイライト動画のリンクを添える。返信は、ほとんど来なかった。それでも、毎週のようにアピールのメールを送り続けた。
高校3年の夏休みには、全米各地の大学のスカウトキャンプを実際に回り始めた。NCAA1部の大学に進むには、コーチの目の前で実際にプレーを見せる必要がある。動画を送って待つだけでは、当然だがほとんど声がかかることはない。高校の監督に頭を下げ、チームの夏合宿を休ませてもらって出かけた挑戦だった。


