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「母と2人、レンタカーで全米を回って…」高校日本一の19歳が“日本の超名門大を中退”で「保証はゼロ」のトライアウトに懸けたナゼ「自分の道筋が…」
posted2026/07/07 11:01
現在、米NCAA1部のラマー大学のアメフト部で活躍する吉川大紀。一時は日本で早大に進学したが、「夢」を追いかける道を選んだ
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北川直樹Naoki Kitagawa
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本人提供
米国の高校で本格的にアメフトを始めると決めた時、吉川大紀の将来の夢は「NFLのラインバッカー(LB)」になっていた。
その夢の背景には、家族の存在もあった。もともと家族が皆、スポーツに縁が深かった。
母はビーチバレー日本一、兄はトライアスロンで全米制覇
母は元実業団のバレーボール選手で、ビーチバレーでは日本選手権優勝や世界選手権にも出場経験がある。父にはスポーツ競技歴はないが、兄がトライアスロンで強豪大学に進学する際に大学との交渉経験があった。
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特にその兄・弘紀の存在は、吉川にとって大きな意味を持っていた。弘紀は家族と共にテキサスからシカゴへの転居を経て、米国の高校を卒業した。そのまま現地のトライアスロン強豪大学へ進学し、そこで全米大学選手権を制した。日本人ひとり現地でやりきった兄を弟は遠くから見ていた。
「兄貴がアメリカで、たったひとりで頑張っている姿を見て、自分もそこで人間として成長したいなと思いました」
兄が踏んだ道筋は、弟の進路を直接的に決めたわけではない。だが、米国でも「日本人として戦える」という感覚を、吉川は兄の背中から学んでいた。
2016年に渡米した吉川が一旦、日本に戻ったのは、2020年の秋のことだった。
父の就労ビザで渡米していたため、米国に残り続ける選択肢が法的に取れなかったのだ。本人としては悔しいタイミングだった。米国の高校に進み、2年目の夏。いよいよアメフト部でも主力への昇格を認められた直後の帰国だった。
日本の高校への編入を模索する中で、シカゴの帰国者受験説明会に、偶然日本のアメフト強豪校である佼成学園の広報担当者が来ていた。そんな縁もあり、佼成学園アメフト部・小林孝至監督に繋がった。

