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「群を抜いて凄い子がいる」井上尚弥と中谷潤人を輩出した“U-15大会”創設秘話「キッズから後楽園、そして東京ドーム」への奇跡の物語とは
posted2026/05/14 11:02
18年前の2008年、U-15ジュニアボクシング大会第1回に出場した井上尚弥。パンチを見切る眼光の鋭さはすでに今と同じものを感じさせる
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NumberWeb編集部Sports Graphic Number Web
photograph by
Hiroaki Finito Yamaguchi
2008年8月、東京・後楽園ホール。全国U-15ジュニアボクシング大会の第1回大会が開幕した。
この大会を創設したのは、大橋ボクシングジム会長の大橋秀行である。「海外のボクシングを見ていても、テクニックが日本と世界ではまるで違う。世界は子供時代からやっているからどうしても差が出てしまう」——そんな危機感を抱えていた大橋が、東日本ボクシング協会会長に就任して早速、動き出した。
当時、小学生・中学生のボクサーが出場できる全国規模の大会は存在しなかった。「目指せ! 後楽園」を合言葉に、各地区の予選を勝ち抜いた80人以上の少年・少女が聖地に集結した。
「群を抜いて凄い子がいる」
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大会の実行を担った一人が、現在は日本プロボクシング協会会長を務める元WBA世界スーパーフライ級王者、小林昭司(セレス小林)だ。安全性を最優先にしたルールづくりから運営まで、大橋の意を受けて奔走した。
試合が始まると、リングにひと際輝く少年がいた。
「尚弥選手、一人だけ違っていました。大会を重ねていくとレベルの高い子が集まってくるんですけど、初めての大会だったのでレベル差が明らかにありました。とはいってもボクシングレベルそのものが群を抜いていて、凄い子がいるなって思いました」
小林はそう振り返る。その少年こそ、中3の井上尚弥だった。井上はこの第1回大会で優秀選手賞を受賞している。
あれから18年。その井上尚弥は現在、スーパーバンタム級世界4団体統一王者としてアジア人初の2階級4団体統一という偉業を達成した。そして2026年5月2日、東京ドームで井上と拳を交えた中谷潤人もまた、この大会の出身者だ。第4、5回大会を制した中谷は32戦全勝で3階級制覇を達成している。
「2人ともキッズのころからボクシングをやってきて、U-15で後楽園に出て、お互いに無敗で、そして東京ドームでぶつかるっていうストーリーがある」と大橋は声を弾ませる。
大会創設にあたって大橋が訴え続けたこと、周囲の大反対をいかに乗り越えたか、そして第1回大会を実現させた舞台裏の全貌は、本編に詳しく描かれている。
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この文章の本編は、以下のリンクからお読みいただけます。
