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「残念ながら現時点では…」北中米W杯で松木安太郎さんが解説しないって本当なの? 本人に直撃「松木のいないW杯なんてミルクのないコーヒーだ、って」 

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二宮寿朗

二宮寿朗Toshio Ninomiya

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photograph byYuki Suenaga

posted2026/03/02 11:00

「残念ながら現時点では…」北中米W杯で松木安太郎さんが解説しないって本当なの? 本人に直撃「松木のいないW杯なんてミルクのないコーヒーだ、って」<Number Web> photograph by Yuki Suenaga

このままでは日本が出場し始めて以来初めて、「松木安太郎が解説していないW杯」が行われることになってしまう!?

 ミルクのないコーヒーって。

 笑って突っ込みを入れたくなる“松木節”は、緊張感みなぎる試合をテレビ観戦するにあたってどこか一服の清涼剤でもあるのだ。

「これまでワールドカップに行ってないときって、現役のときか、監督のときかくらい。それくらい僕にとっては、恒例のことなんだよね。だから監督のときに戻るのかな。どこかのクラブからオファーが来るかもね(笑)」

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 語尾にどこか一抹の寂しさを帯びているようにも感じた。いや、それはワールドカップの風物詩でもあった彼の解説が聞けないという、自分の気持ちがそこに映し出されているのだと思い直した。

16歳で西ドイツW杯を生観戦

 松木とワールドカップの関係は深く、長い。

 初めてワールドカップを観戦したのは16歳、読売サッカークラブ時代のとき。1974年に西ドイツ遠征を兼ねて、現地で開催された本大会をかぶりつきで観戦した。“日本サッカーの父”デットマール・クラマーに師事したオランダ人指導者のフランツ・ファン・バルコムのコネクションが大きく、オランダ代表とブラジル代表の一戦も見たという。ちなみにバルコムは松木をGKからサイドバックにコンバートした恩師でもある。

「ヨハン・クライフがドーンと決めてね。何試合か見に行かせてもらったけど、どこもお祭り騒ぎで、いい雰囲気でね。日本はサッカーの人気がなかったから、この場にもし日本が出たら自分のサッカー人生が変わる、日本サッカーが変わるって16歳ながらに思いましたね。出たい、この舞台でプレーしたいって強烈に思いましたよ」

 一番、記憶に残っているのはピッチ内ではなく、ピッチ外のことだったという。松木が言葉を続ける。

【次ページ】 西ドイツ代表だって、手の届く距離にある

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