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敗者・那須川天心の“誤算”「焦りですか? ありましたね」公開採点で生まれた“迷い”…井上拓真陣営「いける、これは勝てる」神童はなぜ敗れたのか?
posted2025/11/26 17:01
WBC世界バンタム級王座決定戦で井上拓真に敗れた那須川天心。戦略面での誤算はどこにあったのか
text by

渋谷淳Jun Shibuya
photograph by
Hiroaki Finito Yamaguchi
注目の日本人対決、那須川天心(帝拳)と井上拓真(大橋)によるWBCバンタム級王座決定戦は、元WBA同級王者の拓真がキックボクシングからボクシングに転向して8戦目の那須川を3-0判定で下し、3度目の世界王座に返り咲いた。那須川はキックボクシング、MMAを含めた格闘技公式戦55戦目での初黒星。“神童”はなぜ敗れたのだろうか。
4回終了時の“公開採点”が試合の分岐点に
予想が非常に拮抗した試合ながら、イベントの主役と言える那須川が勝利するのではないか、というムードが時の経過とともに少しずつ高まっているように思えた。海外ブックメーカーの直前オッズは、那須川の勝利が1.3倍、拓真の勝利が3.6倍(ウイリアムヒル)。試合もこうした予想を裏付けるかのような幕開けとなった。
まずは互いに遠い距離で、相手の出方を探り合った。小刻みに体を動かす拓真と、ゆったり構える那須川。拓真の右ストレートが届かないシーンに12センチというリーチ差を感じずにはいられない。よりリーチに恵まれているのはサウスポーの那須川だ。ラウンド終了間際、那須川が踏み込んで放った左のオーバーハンドが拓真の顔面をとらえ、ポイント奪取をアピールした。
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2回、那須川の表情に自信がみなぎる。左アッパーから右フックの返しが拓真のアゴをとらえ、拓真の体が一瞬フラつく。「(拓真の)目が生きていた」という那須川は畳みかけようとはしなかったが、はっきりと余裕が出たのは間違いない。ガードをだらりと下げ、サイドにすり足で動く独特なスタイルを披露し、本人が戦前にアピールしていた「シン・ボクシング」を始動させたかに見えた。
そして転機が3回に訪れる。「ほぐれてきた」という拓真が圧力を強め、距離を微妙に詰めると、那須川に傾きかけた流れがピタリと止まったのだ。この時点で拓真がはっきりと主導権を握ったわけではなかったが、4回も拓真が抑えて4回終了時の公開採点は3者ともに38-38のイーブン。ここが分岐点となった。


