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「楽しいことはひとつもなかった、だけど…」イップスやケガを乗り越え戦い続けた、カープ上本崇司のプロ13年間
posted2025/10/13 17:00
10月4日、現役最後の打席に立つ上本
text by

前原淳Jun Maehara
photograph by
SANKEI SHIMBUN
上本崇司は最後まで走ることを止めなかった。広島のシーズン最終戦となった10月4日、マツダスタジアム。涙で迎えた現役最後の打席はショートへのゴロとなった。痛めた右太もも裏をかばいながらも懸命に一塁を駆け抜け、13年の現役生活に幕を下ろした。
「長い期間、野球をやらせていただいて、正直体もボロボロなので悔いは全然ないですし、ちょっと肩の荷が下りたというか、もうがんばらなくていいんだという気持ちの方が強いです」
現役最終打席の3日前、球団から戦力外通告を受けた上本はすっきりとした表情でそう語った。
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170cmの体で戦ってきた。地元広陵高から明大をへて、2012年のドラフト3位で広島に入団。大きな夢を抱いて飛び込んだプロの世界で、厳しい現実を目の当たりにした。レギュラー陣に加え、同世代には後に3連覇の主力となる選手たちがそろっていた。
生き残るための目標設定
1年目の2013年から代走、守備固めとして30試合に出場したものの、スタメン出場は4試合。翌年は18試合出場でスタメンは一度もなかった。危機感は募るばかりで3年目の15年には一軍出場なしに終わり、二軍でも攻守にミスが目立った。
「当時すごいメンバーがいたので、そこに割って入ってレギュラーを取るのは無理だなと思ってしまった。とりあえず守備と走塁を誰にも負けないようにしないと生き残れないと、バッティングのことは考えていませんでした」
このままでは終わってしまう──。照準は“9枠”ではなく、“25枠”に切り替えた。目標はスタメンではなく、まずはベンチ入りすることに変わった。走力と守備力を武器にしていたが、それだけでは十分ではなかった。
15年にはスイッチヒッターに挑戦し、17年からは外野も守れるようにした。21年春季キャンプでは有事に備えて捕手練習にも取り組んだ。この世界で生きていくために、できることはすべてやってきた。

