炎の一筆入魂BACK NUMBER
「楽しいことはひとつもなかった、だけど…」イップスやケガを乗り越え戦い続けた、カープ上本崇司のプロ13年間
text by

前原淳Jun Maehara
photograph bySANKEI SHIMBUN
posted2025/10/13 17:00
10月4日、現役最後の打席に立つ上本
チームを盛り上げる明るいキャラクターも、演じたものだった。普段から先輩たちにいじられるタイプではあったが、本来は口数が少なく、自ら前に出る性格ではない。16年、戦力がそろっていた中でBクラスに終わった前年のチームが失っていた明るさを求められ、自ら役割を担った。
「周りからも『お笑いキャラの一枠』と言われていましたが、必要性を感じていました。周りの人がお膳立てしてくれたところもあったので、チームのためにやり抜きました」
チームに何が足りず、自分に何ができるのかを常に考え、自分が生き残るための武器を増やしてきた。
ADVERTISEMENT
レギュラー選手なら1試合の3打席のうち1打席で結果を残せば良しとされ、たとえ守備でミスをしても挽回する打席が訪れる。だが、上本が出番を告げられるタイミングはいつも、試合終盤。1球、1プレーが勝敗を左右する局面で失敗は許されない。10割が求められた。
恐怖と不安の中で戦う日々
どれだけの武器をそろえても、戦うのは生身の体だった。上本は自分の胸の鼓動で体の揺れを感じるほど、いつグラウンドに立っても、極度の緊張状態にあった。15年頃からはイップスに陥った。
「あの(試合終盤に出場してからの)1球の重みを知ってから、イップスになってしまいました。投げることだけでなく、打球が飛んできたときに体が硬直して、動かなくなってトンネルしてしまったこともありました。怖さは常にありました。でも、ここで逃げたら自分が生きていくところがなくなってしまう」
18時にプレーボールがかかるナイター試合でも、9時30分には球場入りした。体の確認を行い、ストレッチ。まだ誰もいないグラウンドを1人走り、ウエートルームでさらに汗を流した。同世代の選手が屋外で早出特打を行う中、屋内ブルペンでマシン相手に打ち込んだ。
どれだけ時間をかけ、体を動かしても、恐怖心や不安感をかき消すことはできなかった。メンタルトレーナーとも契約し、出番直前に日本酒を口にしたこともあった。どんなことを試しても、緊張を和らげる魔法はなかった。
「どれだけ練習しても怖かった。いくら練習しても意味ないとも思っていました。あの緊張感は試合でないと味わえない。練習では失敗が許されるけど、あそこでは1mmも許されない」
切り札としてチームに欠かせない存在となっても、人知れず恐怖心と戦っていた。
