革命前夜~1994年の近鉄バファローズBACK NUMBER
「ちょっとヤバいな」野茂英雄の開幕戦大記録を西武も覚悟したそのとき…先制弾の近鉄4番・石井浩郎が耳を疑った言葉「何を言っているんだ!」
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喜瀬雅則Masanori Kise
photograph byKoji Asakura
posted2025/05/02 11:05

1994年開幕戦、ノーヒットノーランまであと3人の快投を続ける野茂英雄。しかし先制弾の4番・石井浩郎に交代が告げられて…
これで逃げ切る。野茂の大記録もかかっている。だから、守備固めを入れる。
ベンチとしては、最善の手を打ったつもりなのだろう。しかし、3ランを打った直後の4番打者を代えるのだ。
荒れる4番打者
よっしゃ、勝つぞ。打ったぞ、野茂。ノーヒットノーラン、やったれ。
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その高揚感に、それこそ冷や水を掛けられるような采配に、石井の感情が爆発した。
ガン。ドスッ。バコッ。カンカラカーン。
「ホントね、自分がショックで……」
温厚な石井が暴れた。ベンチ裏で、そこら中のものを蹴飛ばし、声を荒らげた。
「なんか蹴飛ばした記憶があるんです。蹴飛ばしました、はい、間違いなく」
31年前の“蛮行”を、石井が笑いながら振り返ったのは、東京・永田町の参議院議員会館内の一室だった。そこはまさに、3期目に入った参議院議員生活において、精力的に国会活動をこなす石井の“ロッカールーム”でもある。
「例えば、百歩譲ってね、誰かがホームランを打って、ちょっと守備固め、って、これでも納得いったかどうか分からない。けれども、自ら3ラン打って、試合から離れるっていうのがね。私もフルイニング出場を目標に掲げて臨んだシーズンでもありましたし、もう、それが初っ端、いきなりかよと。しかも自分が打った3ランでしたからね」
4番が打った。そして、エースの大記録達成も目前だ。
開幕戦の勝ち方として、これほどまでに劇的で、これほどまでに盛り上がり、そして、球史に残る一戦もないだろう。
「うわっ、雰囲気悪いやん…」
その舞台から、なぜか、強制的に降ろされる。
捕手の光山英和は、石井の“怒りの音”を耳にした。
「当時は“生き駒”。生きている駒って書いて“カチゴマ”って言ってたんですけど、生きてる駒を勝ってる展開では代えない、っていう、なんか、野球界のそういうアレがあって、僕らもそう思っていたんです。だから、ここで石井さん、代えるのか……と思ったら、ベンチの裏で、石井さん、バンバンやってるし……。うわっ、雰囲気悪いやん、守りに行くのに……って思った記憶があります」
荒れる4番。フルイニング出場という今季の目標が、いきなり途切れた、いや、途切れさせられた。掛け違えたボタンの違和感は、悪夢のドラマの前兆でもあったのかもしれない。
喧騒の中、野茂が9回のマウンドへ向かった。