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野球に未練は「ないですね」…大学ジャパン主将も経験“元・楽天ドラ4選手”がナゼ教育学の准教授に?「野球じゃなくても教えるのが好きなので」

posted2024/12/24 11:04

 
野球に未練は「ないですね」…大学ジャパン主将も経験“元・楽天ドラ4選手”がナゼ教育学の准教授に?「野球じゃなくても教えるのが好きなので」<Number Web> photograph by (L)NumberWeb、(R)JIJI PRESS

楽天でのプロ野球選手時代と、立正大で准教授になった現在の西谷尚徳さん。両極端ともいえる2つの職業に通じるものは?

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田口元義

田口元義Genki Taguchi

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 今から20年前の2004年、球界参入直後の楽天にドラフト4位指名で入団した西谷尚徳さん。明治大では大学ジャパン主将も経験した名選手は、2010年の阪神移籍→戦力外通告を経て現在は立正大で准教授を務める。球界でも異色のキャリア転身のウラには、現役時代から貫いた「文武両道生活」があった。《NumberWebインタビュー全3回の3回目/最初から読む》

 プロ野球選手時代の西谷尚徳は、常に引退後のセカンドキャリアを描きながら過ごしてきた。

 それが、教師である。

 楽天時代に右ひじを手術するなど故障に悩まされていたこともあり、早い時期から通信教育での大学院進学の準備を進め、引退までに教育学の修士号を取得した。

現役生活は「いつか終わる」ということは頭に置くべき

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 もちろんこれは西谷にとっての答えであり、プロ野球選手全員に示すべき道ではない。

「私の場合は野球以外のことを考え、実践することで、それが逆に野球を助けてくれることもありましたけど、引退するまで野球に専念することももちろん大事です。ただ、共通して言えることは、『いつか終わる』という事実を念頭に置いて取り組んだほうがいいとは思います」

 西谷が20代の若さで2度の戦力外通告――実社会の表現を用いれば“クビ”となったように、プロ野球は厳しい競争社会である。

 真剣に二兎を追ったのも、西谷のなかにはこんなビジョンが刻まれていたからだ。

 野球は、いつか終わるもの。

 教師は、いつまでも続けられるもの。

 大学時代からそうだった。野球と勉強の両立は、周囲からすればどっちつかずに映っていた側面もあったのかもしれない。だが、西谷にとって「両立」にこそ意味があった。

「人生というのは、必ず人と繋がっているので。そのことを理解して自分の人生設計をしていけば、その分野でいい出会いがあったり、思わぬところで人生の転機になるような言葉をいただけたりするので。それが、ゆくゆくは仕事に結びつくこともありますからね」

 西谷のセカンドキャリアのスタートが、まさしくそうだった。

 2010年12月。阪神を戦力外となった西谷は、新たな生活に向け動き出した。

【次ページ】 引退後は高校で国語の教員経験も…

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