濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
ファンからの誹謗中傷にユニット再編…続いた悲劇「私の気持ちが理解できる?」正統派レスラーだった上谷沙弥が“闇堕ち”を決意するまで
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byNorihiro Hashimoto
posted2024/08/29 11:03
“闇堕ち”して「H.A.T.E.」に加入した上谷沙弥
「今日は泣かせに来たんだ」ファンから浴びせられた心無い言葉
一方、6月22日のスターダム代々木大会ではヒールユニット・大江戸隊との対抗戦に敗れてしまう。試合前の条件により、上谷以外のQQのメンバーは強制脱退。ここからスターダムではユニット再編の流れが加速していく。
上谷は1人でQQを続けることを選んだ。ユニットのトレードマークであるフラッグを担いでWAVEにも参戦した。文字通りの孤軍奮闘。
「どんな状況でも、リングに上がったら120%の力を出さなければ相手に失礼なので」
そんな上谷に、さらなる“悲劇”が起きた。
6月末に行われた、スターダムのサイン会イベントでのことだ。いつもイベントに来てくれる常連のファンが、誹謗中傷をぶつけてきた。
「抽象的に言うと、私の立場や行動が気に入らないと」
そのファンはサインの対象となるポートレートを10枚まとめて出したという(イベント後半ではサインの枚数制限がなくなる)。10枚分サインをする間、会話は続く。自分を傷つける言葉に、上谷は「そんなこと言わないで。泣きそうになるよ」とたしなめた。返ってきた言葉は「今日は泣かせに来たんだ」というものだった。
上谷はたまらず控室に戻る。あまりにもショックが大きかった。
大ブーイングを浴びながら、上谷が放った言葉の重み
「コロナが収まってきてからサイン会ができるようになって、選手もファンのみなさんとお話するのが楽しみになっていたんです。その分、慣れていたというか距離が近くなりすぎていたのかもしれない」
アイドルを目指していた上谷は、かつてAKB48の握手会で傷害事件が起きたことも知っている。そうなってからでは遅いし、選手に付き添うスタッフの対応も鈍いと感じた。“事件”直後に話を聞くと、上谷はあくまで真摯に振り返ってくれた。この出来事がスターダムのためになればいいと本気で考えていたのだ。
「ネットの誹謗中傷も“またか”という感じで慣れてしまっている部分もあると思います。でも誰であってもこんな悲しい思いをする必要はないはず。会社にも改善をお願いしました」
若者が1人で背負うには大きすぎ、重すぎる出来事の連続だった。リング上では結果を出しているのに、選手として報われた印象が薄い。真面目でちょっと天然な上谷に対しては、ファンもいろいろ言いやすいのかもしれなかった。だが上谷は、黙って悲劇を受け入れる人間でもなかった。
7月28日の札幌大会、舞華と刀羅ナツコの赤いベルト戦。同期である舞華のセコンドについた上谷だったが大江戸隊のナツコに加勢、試合に介入してタイトル移動を後押しする。大ブーイングを浴びながら上谷は言った。
「舞華、今日はお前を泣かせに来たんだよ」