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〈未来の守護神〉ロッテ・横山陸人22歳「着実な成長」を支えた吉井監督の“親心”「みんな佐々木朗希を見ていた」初ブルペンから始まった「5年計画」の未来図
text by
梶原紀章(千葉ロッテ広報)Noriaki Kajiwara
photograph byChiba Lotte Marines
posted2023/08/14 11:00
サイドハンドから150kmを超える速球を投じる横山
「死ぬかと思った…」朗希のキャッチボール
華麗なプロ野球人生を送っているのが佐々木朗希ならば、横山は地道にここまで歩んで来た。プロ1年目、春季キャンプで一軍メンバー入りを告げられた時には困惑したという。
「なんで自分が? 本当に大丈夫かな。そういう気持ちでした」
ただ、佐々木朗希も一軍メンバーであることを知り、ホテルでは同部屋で練習のグループも同じであることから置かれている状況が理解できた。「せっかくの機会。開き直って思いっきりやろうと思った」と振り返る。
佐々木朗希は高校2年生の時からその名を知る存在だった。
「雲の上の存在。高校ジャパンにも入っていたし、160kmを投げると騒がれていましたから」
初めてキャッチボール相手を務めるとスピンのかかったキレのあるボールに衝撃を受けた。キャンプ中盤、マウンドからホームベースまでの距離にあたる18.44mでキャッチボールをするようにコーチから指示があった。佐々木朗希のボールがさらに威力が増した。
「今まで力を入れていなかったのが急に力が入ったというか変わった。死ぬかと思った。これはヤバい。レベルが違うと思った。衝撃的だった」とその時の経験を振り返る。
自分を見失わず、着実に…
22年4月10日、あの完全試合は寮のテレビで見た。二軍での練習を終えてから経過を追ったため、試合はもう終盤に入っていた。
「凄い。マンガとかアニメとかゲームの世界のように見えた。現実に起きている事に思えなかった。同じ世界の人間には見えなかった」
プロ初のキャンプを同部屋でスタートした同じ年の若者は日本を代表する投手へと昇華し続けていた。それでも横山は決して自分を見失うことはなかった。佐々木朗希と自分を比べることは一度もなかった。差は分かっていたし、スタイルの違いもある。冷静に自分の課題と向き合い、自分の長所を生かすべく準備を重ねた。