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オークス・リバティアイランドに通じる「3頭の名牝」…若き武豊とシャダイカグラ“伝説のレース”「完璧な競馬をされても、別次元の脚で逆転する」
text by
島田明宏Akihiro Shimada
photograph byPhotostud
posted2023/05/20 11:04
桜花賞では他馬を圧倒する強さを見せたリバティアイランドと川田将雅。オークスでも1番人気が想定される
天才・武豊の自信「9割がた勝てると思います」
まずは桜花賞。当時の阪神芝1600mのコースは、ゲートから1ハロンほどのところに最初のコーナーがあった。ちょうどスピードが乗るところなので、そこで外を回らされると大きなコースロスになる。ゆえに、桜花賞の外枠は不利、というのが競馬界の常識になっていた。
シャダイカグラは追い切りでも抜群の動きを見せており、武は「9割がた勝てると思います。大外枠を引いたりしなければね」と自信を見せていた。ところが──。
シャダイカグラ陣営は、当時行われていたガラガラによる枠順抽選会で8枠を引いてしまった。単枠指定(馬連がなかった時代、人気が集中しそうな馬をひとつの枠に1頭だけ入れたこと)の同馬が8枠を引いたということは、すなわち、大外18番枠に入ることを意味していた。
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単勝1倍台になってもおかしくないほど抜けた存在だったが、最終的に2.2倍に落ち着いた。馬券を買ったファンの不安が表れた数字だったと言えよう。前年の菊花賞でGI初制覇を遂げ、「天才」の名をほしいままにしていた武はこう思った。
──これで、負けた場合の言い訳ができたな。
まさかの出遅れ、スタンドに響いた悲鳴
第49回桜花賞のゲートが開いた。次の瞬間、スタンドから悲鳴が上がった。
ゲートで立ち上がるような格好になったシャダイカグラが1馬身半ほど出遅れたのだ。
スタンドの悲鳴は、馬上の武にも届いていた。
──ああ、おれのせいやろな。
前方は馬群の壁に塞がれている。が、武は動じなかった。そこから無理に促して遅れを挽回しようとはせず、シャダイカグラをそのままのペースで走らせ、ぽっかりあいた内へと誘導した。それにより、懸念されていたコースロスがなくなった。
武・シャダイカグラは馬群を縫って追い上げ、最後の直線、先に抜け出したホクトビーナスを頭差でかわし、勝利をもぎ取った。
20歳になったばかりの若き天才騎手は、涼しい顔のまま、「出遅れ」という致命的なマイナス要因を、コースロスをなくすというプラス要因に転換した。
レース後もポーカーフェイスを崩さない彼の姿に、人々はこんな思いを抱いた。
──ひょっとしたら、武はわざと出遅れたのではないか。
やがて、あの桜花賞の勝利は、武の「意図的な出遅れ」によるものというのが、ファンや関係者の間で「定説」になった。