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「藤井(聡太)先生は今も強くなっている。でも…」新鋭17歳・藤本渚が語る“将棋・家族とミスチル愛”「父とシーソーゲームを歌って」

posted2023/04/02 11:04

 
「藤井(聡太)先生は今も強くなっている。でも…」新鋭17歳・藤本渚が語る“将棋・家族とミスチル愛”「父とシーソーゲームを歌って」<Number Web> photograph by Ai Hirano

18歳の藤本渚四段。ABEMAトーナメントをはじめ今後の将棋界での活躍に期待がかかる

text by

北野新太

北野新太Arata Kitano

PROFILE

photograph by

Ai Hirano

6歳の誕生日に盤駒を贈られた少年は、瞬く間に才能を開花させ、「天才」と呼ばれた。自信を打ち砕かれた日もあった。それでも将棋と向き合った。現役最年少棋士が語る決意。ABEMAトーナメント「ドラフト会議」で千田翔太七段のチームに指名された17歳の藤本渚四段。羽生善治九段を目標と語り、プロデビュー直後から連勝記録を伸ばした新鋭棋士にインタビューした記事『藤本渚「微熱少年の誓い」』(Number1060号/2022年10月6日発売)を全文公開します。

 響きと文字の美しい名前は母が付けてくれた。

「僕……海の日に生まれたんです。だから、海のように綺麗で広い心を持つようにって」

 17歳の現役最年少棋士、藤本渚は涼やかな顔で少しだけ口元を緩ませている。

 大阪市内の自宅から程近い長居公園。週末を楽しむ人々が遊歩道を行き交っている。生まれて初めて雑誌の撮影に臨んだ場所は、通っている大阪学芸高校の目の前でもある。

「友達に見つかったりしないかな……」

 発見されたらピースサインでも返せばいい気もするけれど、被写体の主人公はドキドキした様子で辺りを見渡している。

自信がないですから。自分は強くないんです

 砂浜に落ちていた貝殻をさらう波のように、時の必然に任せて四段になった。9月10日。棋士養成機関「奨励会」三段リーグ最終日。半年間、たった2つの昇段枠を41人の三段が争った日々も残り2戦だった。昇段の目を残す6人に藤本の名前もあったが、条件は他力。自分が連勝しても、誰かに運命を委ねるしかない。

 東京の宿で過ごす一人きりの前夜。気負はなく、震えたりもしなかった。

「もともと自分に自信がないですから。自分は強くないんです。競争相手だった皆さんの中でいちばん弱いんですよ。研究会でボコボコにされたりしてるので……」

 午前中の17戦目は序盤で形勢を損ねたが、抜け出して勝利。12勝5敗とした。

 昼食休憩前、リーグ表に白マルのハンコを捺したが、横列は見なかった。

「誰が勝ったとか負けたとか……聞こえてきたような気もしましたけど、何も聞かなかったと思うことにして(笑)。自分は勝ちたい思いが強すぎると冷静にはなれなくなるんです。いろんな思いを消して2局目を指そうと思っていました」

 立たされた戦況を把握した上、奮い立って最後の勝負に挑む者もいるだろう。闘志が極限の何かを生むこともある。藤本は遠ざかろうとしていた。自分ではどうすることもできない領域については考えるべきではない、というのが勝負の世界を生きる中で得た経験則だった。

白黒のオセロ石で将棋を始めたんです

 最終戦。雑念はなかった。激闘の終盤となったが、ずっと無意識のままでいられた。

「上がりたいから勝ちたい、ではなくて、目の前の将棋にただ勝ちたかったんです」

 表の最後に13個目の○を入れた瞬間、思ってもいなかったことを幹事の佐藤和俊七段に告げられた。

「昇段です」

「え」

 四段昇段同期となる25歳の齊藤裕也と並んだ会見。質問に答え、写真を撮られても、どこか現実感からは遠かった。

【次ページ】 史上最年少の県代表、「天才」と呼ばれるように

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