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ワインとシエスタとフットボールとBACK NUMBER
「選手は規律的で、戦略的な能力が高かった」モロッコ躍進の理由を元監督のトルシエが分析《ベルギー、ポルトガル、スペインを撃破》
text by
田村修一Shuichi Tamura
photograph byTakuya Sugiyama
posted2022/12/17 17:45
モロッコとフランスをよく知るトルシエは、準決勝に両国の明確な違いを見出していた
組織のためにチームは膨大なエネルギーを割いている。選手それぞれが明確で具体的な役割を担い、個が自らやりたいようにプレーするブラジルとは対極にあるチームだ。そうした特徴のすべてはレグラギが作り上げた。彼がこのチームに真のパーソナリティを与えた。モロッコは相手にボールを保持させてそこにプレスをかける。守備から攻撃のトランジションで明確なプランがある。そしてすべての試合で、最後の瞬間まで規律に溢れていた。
最高レベルの国々を相手にしてもプレーができることをモロッコは証明した。それこそが私たちが受け取ったメッセージであり、彼らは最高クラスのプレーでそのことを示した。
大会直前の監督交代の影響
——レグラギはどうしてこのチームを構築することができたのでしょうか。W杯直前にチームをヴァイッド(・ハリルホジッチ)から引き継ぎ、フランス戦はまだ彼の9試合目でした。練習時間も十分ではないし、彼の考えを選手に理解させるのも簡単ではなかったと思います。
トルシエ たしかに時間はなかったが、選手に自分を表現させる戦略については、ヴァイッドが時間をかけて植えつけていたことを忘れてはならない。モロッコの予選突破を実現したのはヴァイッドだった。選手を選んだのもヴァイッドで、グループにはすでにアフリカでの経験があった。
レグラギのシステムは形が決まっている。4人のDFと3人または4人のMF、ひとりまたは2人のFWだ。彼が実践したのはヴァイッドが選手に課した規律から選手を解放したこと。彼は直ちにジエシュとマズラウイを招集した。ヴァイッドの規律に反発し、ヴァイッドの戦術的な厳格さを認めなかった選手たちだ。
レグラギの仕事はグループを解放することだったが、同時に組織の厳格さは維持し続けた。彼は選手にこう言っただろう。君たちは自らの意思で自由に表現ができる。しかし共通理解だけは持ち続けろと。どこに走ってもいいわけではないし、規律なしにはプレーは成り立たない。そのうえで彼は、選手それぞれに役割を理解させた。
またレグラギはモロッコの文化をチームにもたらした。彼はモロッコ人でアラビア語を話す。その精神的な影響力は大きかった。イスラム国家にとっての絆となる要素だ。精神的・宗教的な影響が強固な絆と統一感を作った。それが彼のチーム建設者としての役割だった。
選手が思うままに表現ができる自由と組織の厳格さ。それに加えてのイスラム文化——スピリチュアルなモロッコの文化だ。それらがダイナミズムを作り出した。すべてがマヨネーズやスープのように混じりあった。
そして結果を得たことで自信も獲得した。グループリーグはクロアチア戦の引き分けに始まり、ベルギー戦で勝利。しかしカナダ戦では不安要因も出た。初めて失点を喫したからだ。多少の迷いが生じたのは確かだろう。カナダ戦の出来が最も悪く、カナダの抵抗にひどく苦しんでいた。だがカナダ戦は、次のステップへの突破口となった試合でもあった。世界のトップに伍していくための扉を、彼らはカナダ戦でこじ開けた。クロアチアとベルギー相手に築いた勢いが、カナダ戦で萎んでしまうことを彼らは懸念した。モロッコはこれまで1度しかグループリーグを突破したことがなかったからだ(1986年メキシコ大会)。だからカナダ戦は彼らにとって大一番であり、この先に進めるかどうかの分岐点でもあった。そこで結果を得たのが躍進の契機となった。