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「19歳の藤井聡太五冠」のスゴさを棋士目線で説明すると… 「終盤で強い体幹」と事実上の「香落ち指し込み」とは《王将戦》
text by
田丸昇Noboru Tamaru
photograph byKyodo News
posted2022/02/16 11:00
19歳にして史上最年少の五冠を獲得した藤井聡太竜王
「体幹」の強さを感じる終盤力と攻防のバランス
藤井の将棋は、詰将棋の驚異的な解読力による終盤の強さが武器である。スポーツ選手に例えると「体幹」の強さだ。さらに、タイトル戦の対局で会得した正確な判断力、どんな難局でも崩れないたくましい精神力、AI(人工知能)研究に裏打ちされた斬新な構想力などが加わり、将棋の内容がいっそう充実している。
筆者は、攻防のバランスの良さにいつも注目している。また、いろいろな攻め手がある局面で、自陣を受けて相手に手を渡すことがある。それは、歴代の大棋士に見られる「王道」の指し方だ。
王将戦第4局は東京・立川市のホテルで行われた。対局場からは富士山が見えたという。対局翌日の記者会見ではそれに関連したのか、「富士山の山登りでいうと、どのあたりにいると思いますか」という質問があった。藤井は事前通告がなかったのに、次のように当意即妙に答えた。
「将棋は奥がとても深いので、どこが頂上なのかまったく見えません。森林限界の手前ぐらいで、上の方には行けていません」
「五合目」あたりと答えずに、「森林限界」という専門用語を使ったところに、藤井の語彙力の豊かさがある。
森林限界とは、高木が森林状態が生育しうる限界線で、本州の高山だと約2500メートルの標高だという。富士山の一般的な登山口である吉田ルートの五合目は約2300メートル。その地点は樹木が生い茂り、頂上は見えない。
藤井の富士山での立ち位置は、五合目の少し上と思われる。いずれにしても、本格的な登頂はこれからといえる。
王将戦の対局規定に存在する「指し込み四番手直り」
実は、王将戦の対局規定には「指し込み四番手直り」という文言がある。
戦前の段位主体の制度では、段位差による「駒落ち」対局が行われていた。一例を示すと、八段が七段と対戦する一段差は上手が香落ち、五段と対戦する三段差は角落ちなど。「指し込み」とは、勝敗によって手合いが変わること。「一番手直り」でAとBが「平手」(ハンディなし)で指した場合、Aが勝つと次にBに対して「香落ち」で指すことになる。
戦後まもない1946年(昭和21年)に「順位戦」制度が創設された。棋士の実力を評価する基準はABCのクラスとなり、駒落ち対局は廃止された。
しかし、1950年に創設された王将戦七番勝負に「指し込み三番手直り」という規定が設けられた。一方が3連勝または4勝1敗で三番の勝ち越しになると、王将を獲得するとともに、勝者が次の対局で敗者に香落ちで指すことである。棋士にとって、平手オンリーの時代にきわめて辛いことだった。それには、次のような事情があった。