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《NBAファイナル》MVPヤニス・アデトクンボが証明したもの「自分の夢を信じてほしい」“グレートネス”を見せつけた2つのプレーとは?
text by
宮地陽子Yoko Miyaji
photograph byAP/FLO
posted2021/07/23 11:03
ミルウォーキー・バックスを50年ぶりの優勝に導いたヤニス・アデトクンボ。“ギリシャの怪物”は外国人選手として4人目となるファイナルMVPに選出された
次の日、チームのフィルムセッションでこのブロックの映像を見返したヤニスは、「グレートプレーだった。身体があれだけのことをできるのはすごいことだ」と、珍しく自画自賛した。しかし、そのあと、間髪を入れずにこう続けた。
「でも、あれはもう過去のこと。過去のことを話すのはエゴだ。前に進まないといけない」
いつまでも自分のスーパープレーや実績に執着することは自分勝手なことで、そんなひとりよがりな考え方は邪魔になるだけだというのだ。たとえば、活躍した後にそのことばかり考えていると、次の日は満足いくようなプレーができない。同じように、先のことを「第5戦では試合を支配してやる」などと語るのも、単に自分のプライドからくることで、口にしたからといって現実になるわけではない。それよりはいつも目の前のことに集中し、その瞬間を楽しむというのがヤニス流のアプローチだった。
「僕はその時々、目の前のことに集中するようにしている。それは謙虚であることでもある。大きな期待を作り出すのではなく、試合を楽しみ、高いレベルで競い、試合を楽しむんだ」
今、NBA最高の舞台で戦っていることは、当たり前のことではない。次にいつ、同じようなチャンスがまわってくるかわからない。だからこそ、後ろを振り返って成し遂げたことを語るのではなく、自分のプライドをむき出しにして自分を大きく見せようとするのではなく、自然体で、目の前の戦いを楽しむ。そんなヤニス流のフィロソフィーは、多くの人の心に響いた。
優勝に王手をかけるダンクシュート
2つ目のアリーウープは2勝2敗から迎えた第5戦でのこと。シリーズの分岐点となる大事な一戦だ。
4Q終盤、二桁のリードを取っていたバックスを、サンズが猛攻で追い上げた。1点差まで迫られ、サンズがこの攻撃で決めれば逆転という場面で、チームメイトのドリュー・ホリデーがブッカーからボールを奪った。この時点で残り16.7秒。定番の戦術では、ボールをキープし、相手にファウルさせ、フリースローで点差を広げる場面だ。
しかし、ホリデーがボールを奪ったのを見たヤニスは、自分たちのゴールに向かって全速力で走り、自分の近くにいるのが30cm近く低いクリス・ポールだけだと見ると、ホリデーに向かって叫び、ボールを要求した。当初はボールを保持して時間をかせぐつもりだったホリデーは、ヤニスにアリーウープパスを出し、ヤニスがダンクを決めた。この得点が決め手となり、バックスはシリーズ3勝目をあげ、優勝に王手をかけた。
試合後、なぜあの場面でホリデーにパスを要求したのかと聞かれたヤニスは笑いながら、「本当にその通りだ。僕もわからない」と正直に答えた。
「特に深く考えていなかった。残り時間のことも、(敵地の)ファンのことも、何も気にしていなかった。目の前に道が開けていたんだ。彼も僕を信頼してパスしてくれた」
あとから考えれば、それが安全策ではなく、状況によってはリスクが伴い、致命傷になりかねないプレーだったことはわかる。でも、ヤニスの世界観のなかでは、鉄則と言われるプレーより、自分の直感に従ったプレーのほうが大事なこともあるのだ。この時もそうだった。そして、そんな自分の判断力を信頼してパスしてくれたホリデーに感謝した。
「彼はあの場面で僕を信頼してくれた。だから試合後に彼のところに行って、『信頼してくれてありがとう』と伝えたんだ」