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山中慎介、劇的な勝利。岩佐亮佑は
「“倒れさせてくださいよ”って」
posted2020/07/02 11:10
text by
二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph by
Hiroaki Yamaguchi
拳がかみ合う強者同士の邂逅はボクシングの真髄へと誘われていた。
「コイツを倒して勝ちたい」という欲求が、肉体から漂う。王者・山中慎介にしても、挑戦者・岩佐亮佑にしても。
ラストラウンド!
山中のワンツーに対して、岩佐は右フックで応じ、負けじとワンツーを振る。ジャブの刺し合いは、差し合いに弱化しない。クリンチにすら緊張感が香る。
ちょうど1分を経過するあたりだった。
その刹那、王者の伸びやかな左ストレートが顔面を捉える。岩佐の動きが止まる。ラッシュ、ラッシュ。しかし岩佐は体を王者に預けながら、クリンチで何とか逃れる。
左ボディーストレート、間を置いてまたもワンツー、そしてスリー。回転力が落ちるどころか、増している。岩佐の反応をもはや超えている。
歓声の交差はもはや聞き取れるレベルではない。足を踏み鳴らす音も強まっていく。それはまるでラストシーンを呼び込むように。
ロープ際に戦場を移す。左ストレートからの連打、連打。右もジャブではなく、ストレートとなって襲い掛かり、挑戦者のアゴを突き上げた。
「“お願いだから倒れさせてくださいよ”って思いました」
青コーナーからタオルが舞う、レフェリーがストップに入る。決着はついた。10ラウンド1分28秒、山中慎介が飛び跳ねた。
大和心トレーナーに肩車されて勝利をアピールする王者と交差するように、挑戦者は小林昭司会長に抱えられてゆっくりとコーナーに戻った。
岩佐は「面白い話があるんです」と言って、教えてくれた。
「僕が完全にあきらめた瞬間にタオルとレフェリーが入ってきて、それがほぼ同時だったんです。負けたと思ったんで、最後は派手に倒れようって飛ぼうとしたらレフェリーに抱えられて、それができなかった。“お願いだから倒れさせてくださいよ”って思いましたけど」
倒れようと思ったが、元世界チャンピオンのセレス小林がそうさせなかった。